アルペジオの迷子【一章】

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 髪をガシガシと拭きながら、やはり髪を切ろうか、と小さく息を吐く。夏は風呂上がりもスポーツタオルで済ませていたが、髪だけでも水分が多いのでもう間に合わないだろう。  いっそ全部まとめて後ろで結んだ方が練習中や試合中は楽なのだけど、なかなか乾かない。  親に言われて使うようになったドライヤーを、ようやく慣れた仕草で掛ける。  片手が暇で、脱衣籠に入れていたスマートフォンを手に取った。開くとすぐに校内ネットの例の質問が開く。下にスワイプして更新してみても、返信はない。  スマートフォンをスウェットのポケットに入れ、ドライヤーを持つ手を上下左右に動かした。その方が早く乾く気がしたけれど、あまり変わらなくてもどかしい。  なんて書こうか。初めまして、俺の答えで参考になるかは分からないけど、話がしたいです。……それじゃ、向こうには不足だろうか。ただ聞いて欲しいとはあるけれど、前置きを見ても、明確な回答を求めてるようだから。  投稿名はどうしようか。  ぐるぐると考えていたら、いつの間にか髪はいつも以上にしっかりと乾いていた。  自室に戻り、ベッドに腰を下ろす。スマートフォンの時刻表示は十時。向こうは春休みだから、まだ起きているだろう。  さっき何度も反芻した言葉は、一階の洗面所から二階の自室に戻るまでに消えてしまっていた。  長くなりそうだ、とスマートフォンに充電器を差し、先に部屋の灯りを消した。布団の中でスマートフォンの照明を浴びながら、一から文章を考える。名前は、同じく「匿名」とした。 ”俺はまだ来年度二年だけど、内進生だから学校内のことは分かります。大学進学や、その後については先生方やOBに聞いた方がいいと思うので、間を取りもつし、学校生活について何か聞きたいことがあればDMください。”  校内ネットで使えるDMをリンクで載せた。匿名でも設置できるが、やりとりをすると元々入学決定時に登録した名前(学校側で実名で登録している)で出てしまうので、いたずらも防止できる。その代わり、匿名で載せていたような人は連絡をしてこない可能性もあるけれど、誰かを紹介する以上は相手のことは知っておきたいし、これを書いた本人にも興味があった。半分くらいは自分の欲求だと思う。なぜ惹かれたのかは分からない。ただ、話してみたい、と思う。  打ち終わる頃には十一時が迫ってきていて、もし連絡が来るにしても今日ではないか、とスマートフォンを枕元に置いて目を閉じた。
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