第13話:クローン技術と集合的無意識

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第13話:クローン技術と集合的無意識

「びっくりした。(しゅう)さん、まだ残っていたんだ」 「なにいってるんだ、柚希(ゆずき)JUXA(日本宇宙研究開発機構)にいるほとんどの人はまだ残っているさ。みんな一樹のことを一番に考えている。あいつは本当に幸せものさ。ところで、なにか手伝えることはあるかい?」  (しゅう)のこの言葉を聞いた柚希(ゆずき)は、おもむろに自分の机においてあった(みお)の書いた電子(electric)ペーパーを手に取って、それを(しゅう)に手渡した。 「(しゅう)さん、ちょっとこれを読んで欲しいの。(みお)が考えたこの技術、実現可能だと思う?」  (しゅう)は、唐突にそんなことを言いだす柚希(ゆずき)を意外な顔で見つめたが、何か解決のための糸口がつかめたのだと感づくと、渡された資料を真剣に読み始めた。  夜明け前の沈黙と緊張による沈黙が柚希(ゆずき)(みお)の心を締めつける。時はそんな2人の心と関係なく無機質に一定の速度で進み続けたが、研究室を照らしていたのは、2人の心に(とも)った希望のように、淡く、優しい光であった。 「(みお)くん、君は天才だよ。これであれば4年もかからず実現する技術かもしれない。でも、この技術は、一樹を助けることに直結するのかい?」  感心した顔でそう尋ねる(しゅう)に、(みお)は自信を持って(うなず)いた。(しゅう)は、(みお)の顔が並々ならぬ真剣さを帯びていることに気がつくと、こう切り出した。 「詳しく話を聞かせてくれないか」  (みお)は、(しゅう)のこの要望に対し、素直に、今、考えてることについて話始めると、(しゅう)の表情は次第に驚きの表情に変化していく。(しゅう)は、それを説明する(みお)の自信に満ちた口調の力強さにまず驚いたのだが、なにより、これほどの新技術を積極的に取り入れようとする(みお)柚希(ゆずき)の柔軟な発想に驚いていた。 「なるほど、量子テレポーテーションを成立させるために、この通信技術が必要となるわけか」  (しゅう)はそう言ってじっと考え込むと、しばらく後に口を開いた。 「しかし、この技術を完成させようとするとJUXA(日本宇宙研究開発機構)では無理だと思う。あまりにも技術が最先端すぎる。しかし、この技術を完成させてくれそうなところには心当たりがある。だから、この件は俺に任せておいてくれ、ちゃんと会議に間に合うようにしておくから、ところで」  (しゅう)は、そう言って1つの不安を口にする。 「(みお)くんのやりたいことは理解したが、この量子テレポーテーションが亜光速航行の状態でも成功すると考えている根拠はなにかあるのかい?」 「そ、それは」  そういって(みお)は口ごもった。その不安そうな顔をみた(しゅう)は、優しく(みお)に語りかける。 「まぁ、光速に近い速度の宇宙船の時間の流れであれば、脳死さえしなければ、今のクローン技術で臓器や手足の補完はなんとでもなる。だから、量子テレポーテーションを完璧に成功させる必要はないかもしれない。だから問題はそこではない」  (しゅう)はそう言って、胸のポケットに入れておいたバイオマスタンブラーに入ったコーヒーを取り出すと、それを飲みながらこう続けた。 「(みお)くんは、その、一樹を救いにいく宇宙飛行士は誰にお願いするつもりなんだい?」  (しゅう)のこの言葉に、(みお)は申し訳なさそうな表情を浮かべる。 「量子テレポーテーションを成功させることができるのは、アナクティシに爪とか髪の毛とか、そういう生体サンプルがある人間だけです。だから、できれば、その、(しゅう)さんの所で研究しているクローン技術を使って、一樹のクローンを作って欲しいのですが……」  (みお)のこの言葉に、(しゅう)は「やっぱりか」と独白すると、右手で頭をかきながら(みお)に視線を向け、話しを始めた。 「(みお)くん、状況が状況だから、倫理的にどうかとかいうつもりはない。でも、その方法は、残念ながら不可能だと思う」 「なぜなら、人のクローンは、それほど高度な思考ができないからだ。確かに、人間の記憶を脳に転写する技術はある。そして、あと2年もすれば、人間の脳のメカニズムは完全に解明されるだろう。それでも普通の人間並みの思考をクローンがすることは不可能だと思う」  (しゅう)のこの言葉に、柚希(ゆずき)(みお)は思わず絶句する。 「(みお)くん、今から、あまり科学的でないことを、科学者である私が言うことを許して欲しい」 「確かに人類は、あと2年で人体のすべてを解明すると思う。そして、あと4年もあれば、今のような不完全なクローンではなく、完全なクローンを作り出すことができるだろう。でも、それは目で見える範囲でしかないんだ」 「今から約200年前、マサチューセッツ州の医師ダンカン・マクドゥーガルが、死んだ直後の人間から21gの重さが消えていることに気がついた。その後、他の動物でも同様の実験をしたが、死後に重さが変化することはなかった。そして、その結果を見て彼はこう主張したんだ。この21gこそ人だけがもつ『魂』の重さだと」 「そして今の不完全なクローンは、他の動物と同様、死後21g軽くなることは無い。科学的ではないかもしれないが、私はこの目に見えない『魂』こそが、人が人であるための『高度な知能』を授けていると思っているんだ」 「ユングが提唱した集団的無意識、人類が共有している無意識があるという考え方が正しいとして、その集団的無意識が、この世のすべての叡智(えいち)をしまってある部屋だとしたら、人は『魂』という鍵をもって、その部屋から『叡智(えいち)』を引き出しているにすぎないのではないか? 私はなんとなく、そんなことを思っているんだよ」 「だから、(みお)くん。その叡智(えいち)を引き出すことのできないクローンは宇宙飛行士になりえない。それは何年たっても変わらない事だと思う。つまり、一樹を助けることができるのは『魂』を持つ人間だけだ。そして、一樹を助けることができるのは、すべての困難を受け入れ、すべての困難を乗り越える覚悟がある人間だけだ。そんな風に俺は思っているんだけどね」  (しゅう)は、そう言って(みお)を優しくたしなめたが、(みお)は、この話に奇妙な既視感を覚えていた。
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