置いてくタイプの台風みたいな女の子

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 あのときはどっちがノリコでどっちがマチなのかも分からなかったけど、横川磨智と中一と中二の二年連続で一緒のクラスになって、マチという名前が印象的で覚えていたし、横川磨智とよくいる女子が「ノリコ」と呼ばれていたから、あのふたりだとすぐに分かった。ただ、それをわざわざ言うほどの仲でもなかったから、未だに横川磨智もノリコもそのことを知らないはずだ。  ふたりへ向けていた視線をすぐに本へ戻す。  平穏に読書さえできればいい。佐竹とか他の同級生みたいに青春時代にがっつくようなことはしたくない。できるだけ他人と関わらずにただ静かに本を読んでいたいだけなんだよ、おれは。  中学で一緒になって、はじめて佐竹が卓球部に入ろうとしていることを知った。なんでも、自分を変えたくて中学からはなにかの部活に入ろうと思っていたそうだ。それ自体は立派なことで否定する気もないけど、おれは体育会系のノリが苦手だったし、そもそも自分を変えようとも思ってなかったから、佐竹の誘いを断って一年生のときは帰宅部として過ごしていた。  だけど二年生のときに、東初菜(あずまはな)先生が天体観測同好会を作った。もともと星は好きだったし、顧問の東初菜先生は優しいひとで星についても詳しくて色々と話ができたから、おれは入部することにした。  変わりたかったわけじゃない、むしろ変わらなくてもいい場所を見つけたような気がしたからだった。  同好会には他に別のクラスの佐野海(さのかい)山中笑美(やまなかえみ)がいて、しばらくはその三人だけだったんだけど、夏休み前になぜか佐野とおなじクラスの平文麿(たいらふみまろ)も入ることになった。結局、夏休みに入っても大した活動は無くて、でもそれがとても心地よくて、おれはますます天体観測同好会が好きになった。  なにもなければ目立たないし、目立たなければ安全だ。  読書もおなじくらい安全だ。本の中でなにが起きても本を閉じれば平凡な現実に帰って来れるから。たぶんおれは、物語が提供してくれる「安全な非日常」が好きなんだろう。  いま読んでるのは『春夏冬賢作(あきないけんさく)の帰還』という推理小説だった。八作目の春夏冬賢作シリーズで、しかも三年ぶりの新作ってこともあって、本当に心待ちにしていた本だ。  ある山村の屋敷にある「錆つき蔵」と呼ばれる蔵で起きた密室殺人事件に名探偵の春夏冬賢作が挑む作品で、いよいよ解決編に入ろうとしているところまで読んでいた。「春夏冬賢作シリーズ、最難解!」という帯の言葉どおり難しくて、おれは密室トリックの糸口さえつかめていなかった。ただ読み進めていくうちに「これは密室トリックじゃなくて、アリバイトリックなのでは?」ということまでは分かってきた。犯人の目星はついたし、もうちょっとでトリックも分かりそうな気がする…… 「なんで『恋愛』の授業がないんだ! もうぜんぜんわからん!」  ノリコの意味の分からない言葉が、おれの集中を削ぐ。  あてつけで大きな咳払いをして、ふたたび読書へ集中する……  ……ダメだ。気になる。  おれが望む平穏な日常に入り込んでくる言葉じゃない。  貴重な読書時間がノリコに脅かされている。だけど反応するのが悔しくて、本を読み続けた。 「ノ、ノリコなら大丈夫だよ!」  今度は横川磨智の声が聞こえたけど無視して本に集中していると、 「ねえ、森田くん」  って、急に呼ばれた。  声でノリコだとすぐに分かる。  いつの間にかすぐ横に立っていた。
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