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「なに?」
本に目を落としたまま、できるだけぶっきらぼうに言う。
「おすすめの本とかある?」
なんだ、それ? 距離の詰め方がバグってない?
「なんで知りたいわけ?」
「なんで知りたいか、知りたいの?」
「……だから、そう言ってるだろ」
「それって、わたしに興味があるってこと?」
どういう理屈でいくとそんな結論に至るんだ?
意味が分からないから聞き返しただけなのに。
「興味があるわけないだろ。だれかも知らないのに」
「それはウソだね。わたしがノリコだって知ってるでしょ?」
「は?」
意外過ぎる言葉に驚いて、思わずノリコを見る。
「小一のときにわたしが滑り台から飛び降りるの、見てたでしょ?」
「……佐竹から聞いた?」
「そんなわけないでしょ、翔太とはべつに仲良くないし」
「じゃあ、なんで?」
「あの時、わたしを立たせてくれた男子がいたんだけど、だれか分からなくてさ。泣いてたから顔もよく見てないし。でもベンチに座らされたあとに翔太が『ワタル、行こうぜ』って言ったのだけは覚えてたんだよね」
「なんでそれがおれになるわけ?」
「ワタルって名前の男子はウチの学校にはいなかったし、あの公園で翔太とよく一緒にいる、なんか見たことない男子がひとりいるなあって思ってたから、たぶんその子がワタルなんだろうなってずっと思ってたんだよね。ほかの小学校の子で翔太と仲がいい男子だろうって。いつかワタルって子にお礼を言いたかったんだ、わたし」
「……でもそれだけだと、おれとワタルはつながらなくない?」
「それがさ、たまたまなんだけど、中学に入って部活にでも入るかって卓球部に体験入部したことがあるんだよね。翔太も一緒でさ、むかしよく遊んでた男子がおなじクラスになったから誘ったけど断られたって話をされたの」
「それがおれだって聞いたってこと?」
「そうじゃなくて、ピンと来て『それって、ワタル?』って聞いたら、翔太が『なんで知ってんの?』ってびっくりしてたからさ。それでワタルがだれなのか聞いたら、三組の森田航だって言ってた。磨智と一緒のクラスだし、森田くんの方もわたしに絶対に気がつくと思ってさ」
「すげえ……」
思わず口をついて出た言葉をノリコが捉える。
「すげえっしょ? わたし推理が得意だから」
「……でもいまの推理かな? けっこう出揃った状態での結論だと思うけど」
「そう。わたしは推理が得意だから、こんくらい余裕なんだよね。推理でもなんでもないよ。どっちかっていうと、論理的帰結かな」
論理的帰結っていう難しい言葉がノリコの口から出たのに驚く。
「おれがあの日のことを忘れてるとは思わなかったの?」
「あんなの、忘れられるわけないでしょ」
「まあ、たしかに」
さすがに笑ってしまう。
「ずっと気になってたんだよ。あのあと大丈夫だった?」
「当たり前でしょ。余裕だよ」
「でもなんで今になって、話したの?」
「まあ、チャンスも無かったし。こういうのはタイミングでしょ」
図太いのか繊細なのか、よく分からない子だな。
「あの時はありがとう。ほんとに感謝してる」
「ああ、うん、どういたしまして」
「でさ、おすすめの本ってある?」
「だから、なんでそれが聞きたいんだよ?」
「本を読むのに理由なんてないでしょ」
「まあ……」
なんかいいように言いくるめられてしまったような気がするけど、たしかに本を読むのに理由なんて必要ない。さっきから話していて、もしかしてノリコはあの時の印象とはちがって、とても頭が良い子なのかもしれないと思った。
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