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「……おすすめの本って言われてもなあ。どういうのが好みなの?」
「そうだなあ、逆に森田くんはどういうのが好きなの?」
「おれはまあ、推理小説がいちばん好きなジャンルかも」
「推理小説か、推理小説ねえ」
「あんまり好きじゃない? さっき推理が得意とか言ってたのに?」
「……まあ、嫌いではないかな。それも推理小説?」
話をそらすようにして、おれが持つ本を指すノリコ。
「うん。推理小説好き以外にはあんまり知られてないシリーズなんだけど、けっこうおすすめだよ」
「なんていうの?」
「これ」
言って、ノリコに本の表紙を見せる。「春夏冬賢作」を一発で読めるわけがないから意地悪かなとも思ったけど、さっきからずっと負けてるような気がして、不意に湧いたイタズラ心でやってしまった。
「ゲッ!」
予想外な反応をするノリコ。
「え、なに?」
「あ、ううん、なんでもない……てかさ、春夏冬賢作シリーズってマジで有名じゃないの? けっこう出てるよね。例えばだけどさ、アニメとかドラマとかになったりする可能性とかはない感じ?」
「いやあ、どうだろう。面白いからコアなファンはたくさんいると思うけど。てか、よく春夏冬賢作を読めたな。ファンなの?」
「うーん、ファンじゃないけど生かしてもらってます、的な?」
「よく分からないな、どういう意味?」
「それはあとで勝手に推理してよ。森田くん、今わたしが読めないと思って表紙を見せたでしょ? ムカつくから仕返しで答えは教えてあげない。それに、わたしはわたしで勝負したいし」
さっきから微妙に会話がずれているような気がするけど、どこがずれているのかは、よく分からなかった。
「とにかくさ、他の教えてよ」
ノリコの圧に負けて、おれはいくつかのおすすめ小説を教えた。
「分かった。じゃあ借りるのは明日でいい?」
「は?」
いつのまにか、おれが貸すことになってるらしい。
「明日は無理だった?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、明日また来るから持って来て」
「あー、いや、そうだ。アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』なら、ここで借りれるよ」
「えっ、マジ……?」
オススメの本があるのに、なぜか残念そうなノリコ。
なんかちょっと悪い気がして、
「今日はそれを借りるってことでいい? 他は明日、持って来るよ」
って、言ったら、ノリコは満面の笑みを浮かべた。
「ほんとに? やった!」
ノリコの感情の起伏にちょっとついていけなかったけど、とりあえず『そして誰もいなくなった』を棚から持ってきて、図書カードに名前を書くように言った。
笑顔で名前を書いたノリコが返してきた図書カードには「里村典子」という名前。偶然かもしれないけど、『八つ墓村』の登場人物と同姓同名だった。
「図書室で本を借りるのとか、はじめてかも」
「そうなんだ」
「うん。わたし読むの早いから、今日でもうぜんぶ読んじゃうかも」
「へえ」
「だから感想は明日言うね」
「あ、うん、分かった」
「明日持ってきてくれる本もソッコーで読むから、すぐ感想を言えると思う。だから明後日も来るし、明後日のつぎも来るね」
「え、毎日来るってこと?」
「え、ダメ?」
「いや、ダメとか言う権限はおれにはないけど」
「じゃ、決定ね」
かなり強引に感想を言い合う約束を交わされた。
「じゃあ、今から帰ってすぐ読むね」
って、言って、典子は図書室をサッサと出て行った。
なんだったんだと思いながら、ふと典子がいた席の方を見ると、背筋をピンとしたまま壁を見つめる横川磨智が取り残されていた。
「えっと……里村さん、行っちゃったけど?」
「で、ですよねえ。へへへ」
下手な作り笑いを浮かべて言った横川磨智が、おじさんみたいに手で宙を切りながら図書室の出口まで向かった。
やっとこの状況から解放されるって安心していると、扉に手をかけたまましばらく動かなかった横川磨智が振り向いて、
「あ、あの……」
って、気まずそうにしながら言った。
「なに?」
「の、典子、台風みたいな女の子だけど、いい子なんです!」
意を決したように大声で言う横川磨智にびっくりして、
「ああ、はい。それより早く行ったほうがいいよ。たぶん里村さんって、置いてくタイプの子でしょ?」
って、言うのが精一杯だった。
「はい。でも慣れてるので。では、わたしはこれで」
って、おじさんみたいに言って、横川磨智も図書室を出て行った。
誰もいなくなった図書室で、おれは『春夏冬賢作の帰還』を開いて平穏な日常にもどった。
でも、内容はあまり頭に入って来なかった。
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