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最愛の彼女、ありすが死んだ。
まだ学生の身でありながらも交際は真剣で、いつかは結婚して子どもが出来て……なんて、将来の夢を語り合っていたのにね。
スマートフォンを操作しながら運転していた車が赤信号無視で突っ込んで来て、ちゃんと道路交通法を守って横断歩道を歩いていた彼女が巻き込まれた。
僕も、当然彼女の両親も突然の出来事に頭がついていけていない。あまりにも急なお別れだった。
それでも、月日の経過によっていくらかは落ち着いて来たとある日のことだ。母が僕に、こう告げた。
「恭ちゃんに、弟か妹が出来るのよ」
夫婦仲睦まじいことは素敵なことだと思うし、新しい命の誕生は祝福されるべきだ。だけれど、我が子が悲しみに打ちひしがれる中でそう言う状況になっていたと考えると……複雑な気持ちになる。
まぁ、彼らは息子が今もそこまで引きずっているとは思っていないのかもしれない。表向きは心配されないよう、一定の期間が過ぎれば平常を装っていたから。
そんなこんなで、僕のきょうだいの誕生の日はあっと言う間に訪れた。可愛い女の子、つまりは妹が産まれた。
「走ると転ぶぞ、ありさ」
「はーい」
あれから数年。
僕はすっかり子煩悩ならぬ、妹煩悩になっていた。偶然にも彼女と一文字違いの『ありさ』と名付けられた妹は、昔彼女のお母さんにこっそり見せてもらった、彼女の幼少期にとても似ているような気がする。
そのせいだろうか。かなり歳の離れた妹を恐らく両親よりも構い、妹もまた『お兄ちゃん大好き!』と、沢山の愛情を返してくれる。
ありすが居なくなった時点で恋愛をするつもりも無くなっていたが、ありさの存在が余計に拍車をかけていると思う。とにかく、他に興味が湧かない。
とは言え、流石に学業を疎かにするといけないので、それ以外は全て妹に費やす日々だ。
大学を卒業し社会人となっても、妹と離れる時間を少しでも減らしたくて徒歩で通える、残業の少ない仕事を選んだ。実家を出る気も当然無い。
妹の成長を、常に近くで見守っていた。
「もうすぐ誕生日だな、ありさ。何か欲しい物はあるか?」
「えーっとねぇ、あるけど、お兄ちゃんにはナイショー!」
「ははっ、それじゃあ用意が出来ないじゃないか」
「だいじょーぶ、お兄ちゃんなら当日でも用意出来るものだよ!!」
高校生になった妹は、相変わらずのお兄ちゃんっ子だ。少しおっとりとした話し方に、今はもう大分記憶から薄れてしまったありすの面影を感じた。彼女は撮られるのが苦手だと言っていて、あまり写真や動画を撮っていなかったことを後悔している。
それでもスマホに残っている、なけなしの画像を時々見返す。髪の色が違うだけで、彼女と妹は瓜二つになっていた。
誕生日当日。
妹は、髪色までも彼女と同じになってしまっていた。ありすはハーフで、生まれつき美しいブロンドヘアーをしていたから。黒髪である妹とは、何とか区別出来ていたと言うのに。
「えへへー似合うかな?」
「あ、ああ……よく、似合ってるよ」
情けないことに、あの頃の気持ちが蘇って来る。
大好きなありす。もちろんありさのことだって大好きだけど、好きの種類が違う。この感情は、血の繋がった妹に抱いてはいけないものだ。
「どうしても、これだけは何とも出来なかったからねぇ。人工的だけど、許してね?」
「えっ?」
「それではっ! お兄ちゃんから欲しい誕生日プレゼント、発表しちゃいまーす!!」
両手を大きく広げたありさの片手には、不格好な程大きな刃物。妹が勢い良く抱き着いて来るのと同時に、背中に衝撃が走る。
「…………今度は、あの世に行くのも一緒だよ。恭ちゃん」
今日は、ありさの16歳の誕生日。
そして……ありすの16歳で亡くなった、命日。
「君、だったんだね……」
ああ、愛しのありす。漸く、また会えたんだね。
そしてこれからは、ずっと一緒に居られるね。
終
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