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「志乃、これ今日かけてもらうCDね。 それから原稿はこれね。 ここのところで曲を入れて欲しいの。 よろしくね。」 「オッケー。 それにしても、こんなCD放送室にあったっけ? 私初めて見る様な気がするわ。 有美が持ってきたの?」 「ううん、借りたのよ、金本君から。」 「へぇ~え。」 「なによ。意味深な顔して。」 「金本君と付き合ってるの?」 「そんなんじゃないわよ。 この間 『今度の放送で使う曲を探しているから 何かいいのないかしら』って相談したの。 そうしたら何枚かCDを持ってきてくれて、そのうちの一枚よ。 よかったらくれるっていってたから、 終わったらCDの棚に入れておいて。」 「了解。」 「なによ、にやにやして。 やーね、志乃ったら。 ほら、時間だわ。はじめましょ。」 有美は逃げるように、 そそくさとブースの中に入っていった。 「皆さん、こんにちは。 お昼の校内放送の時間です。 今日の放送は、私千田有美と児玉志乃でお送りいたします。」 「そろそろ初雪の季節となりました。 皆さんは初雪の日にはどうされますか? お友達や恋人と過ごすのでしょうか。 それとも、 一人静かに雪を踏みしめながらそぞろ歩く、 窓越しに雪を眺めながら本を読む、 ちょっと淋しい感じもするけれど、 時にはそんな風に初雪を迎えてみるのもいいかもしれませんね。」 「それではここで音楽をお送りいたします。 私の最近のお気に入りの一曲です。 皆さんはお聞きになったことがあるでしょうか? もし初めてだったら、 どうぞ曲名を当ててみてください。 当てたあなたはきっと感性の鋭い方ですね。 知っている方はどうぞ秘密にしていてくださいね。 では、どうぞ。」 いつもとは違った曲の紹介に、 教室では、みんながおしゃべりをやめて聞き耳を立てていた。 音楽が流れ始めると、 陽大は“あっ”という顔をし、 小声で義雄に話しかけた。 「この曲は新進気鋭の作曲家の作品で、 クラシックやピアノ曲のファンの間ではかなり知られてきている作品だけど…。 一般にはまだそれほど知られていない曲だよ。」 「陽大知っているのか?」 「あぁ、聞いたことがある。 確か作曲者はまだ大学生だよ。」 「そんな曲、何で千田さんが知っているんだ? 千田さんはポップな曲を使うことが多いのに。」 と義雄は不思議そうな顔をした。 陽大も自分の知らない有美を見せられたようで、 美しい旋律を聞きながらも心が翳ってゆくのだった。 そのころ、 淳はいつものように屋上でパンを食べた後、寝転びながら放送を聴きいていた。 そして音楽が流れ始めると 口の端を少し上げて笑みを浮かべた。 「もう、屋上で過ごすのは寒いな。 教室へ戻るか。」 そう独り言をいうと、 淳は本を持って立ち上がった。 音楽が始まると、 有美はブースの中から出てきて、 お弁当を広げ始めた。 志乃は”お先に”という顔をしてすでに食べ始めている。 「あ、有美の玉子焼きおいしそう。 一つもらっていいかな。」 「いいわよ。」 「さんきゅ。 じゃ、私のから変わりに何かとって。 はい。」 「へえ~。とっても素敵な曲だね。 『初めて』っていうんだ。 みんな当てられるかな。」 「ふふふ。どうかしらね。 でも、いい曲でしょ。」 「金本君がこういう曲を聴くとはね。 はじめはとっても怖い人かと思ったけれど、 案外優しいところがあるのかな。」 「金本君は怖くはないわ。 ちょっととっつきにくいところがあるだけで、 本当は淋しがりやなんだと思う。 そんな気がする。」 「有美…。金本君が好きなんでしょ。」 「うん。…好きよ。」 今度は照れずに、 志乃の目をまっすぐに見て素直に答えた。 「そっかー。がんばってね。」 〈木村君が気の毒だけど、 しょうがないよね。 好きっていう気持ちだけはどうしようもないもの…。〉 「ありがとう、志乃。 あら、急いで食べなきゃ。 曲がもうすぐ終わるわ。」 慌てて口を拭くと 有美はブースの中に戻ってゆき、 何事もなかったように放送を再開した。 「いかがでしたでしょうか。 皆さん曲名はわかりましたか? いきなりは難しいですよね。 ではここでヒントをお出ししましょう。 知っている方はまだ教えてはだめですよ。 次の三つの中に答えがあります。 さてどれでしょう。 一番 『ときめき』 二番 『初めて』 三番 『戸惑い』 淳が教室に戻ると、 皆が「一番かな」 「俺は三番だと思うな」 などとざわめいていた。 桃子は淳を見つけると、 「ねえ、淳君、放送聞いてた? あなたは何番だと思う? 私はね、 一番の『ときめき』だと思うのよ。 乙女が恋る人のことを想う時のあの “ときめき”。 激しくはないけれど、 清らかで純粋ででも強い想い。 そんな感じじゃなかった?」 「華山さんらしいな。 俺は半分くらいしか聞いてなかったから…。 どうかな…。」 そう言うと淳は席について数学の本を開いてしまった。 「華山さんじゃなくて、 桃子って呼んでくれていいのに…」 話に乗ってこない淳に、 桃子は諦めてみんなの輪に戻っていくしかない。 「さあ、皆さん意見はまとまりましたか? では、正解をお教えしましよう。 答えは二番の『初めて』でした。 初めて何かをした時の、 初めて何かに出会った時の、 そんな戸惑いやためらいやときめきがよく表現されている作品だと思いますが、いかがでしょうか。 そういう意味で言えば、 どの答えも正解かもしれませんね。」 「それではここで詩の朗読をお送りします。 題名は今日の曲にちなんで『初めて』です。」 もう一歩 そのもう一歩を踏み出せば 違う世界が見えてくる きっときっと見えてくる 今日は昨日の続きだけれど 明日は今日の続きだけれど 今、このときを輝かせる そうすることもできるんだ 初めて出会うその風景 どんな出会いが待っている? 本当にうまくいくかしら? それはやってみなければわからない うまくいかないかもしれない 失敗したらどうしよう そんな弱気が足を留まらせる 『初めて』には ほんの少しの勇気があればいい そうすれば昨日と違う私になれる 心ときめく未来をつかめる これで今日の放送を終わります。 担当は千田有美、児玉志乃でした。 では、またあした。」 「千田有美!」 「はい!」 放課後、廊下で放送部顧問の榎先生 (通称大魔神)に呼び止められた有美はドキッとした。 〈なんか怒られることしたっけ? 今朝は遅刻してないのに…?〉 「いやぁ、今日の放送はなかなかよかった。格調高くてな。 あの詩は自作か?」 「あ、はい。 下手な詩で申し訳ありません。」 「いや、上手下手じゃないんだ。 よかったぞ。 詩は文化だからな。 文化は継承していかなくてはいけない。 有名な作品を朗読するのもいいが、 これからは自分達で作った詩も発表していくといい。 部長の木村陽大君にも言っておこう。」 上機嫌で立ち去る“大魔神”の背中を見ながら、有美は「ふぅ~」とため息をついた。 〈あぁ、びっくりした。 また何か怒られるのかと思った。 “大魔神”は詩が好きなのね。 どおりで詩の朗読の練習をよくさせられる筈だわ。 …今日の詩、淳君聞いてくれたかしら。〉 有美は、部活の放課後練習をサボってふたりで話した時の、 何かに躊躇っているような淳を思い出していた。 ためらいて 悩む君が背 押さんとす     吾のみが知る 笑顔見んとて もしかして   それであなたが 傷ついて     血を流したら 私も泣こう 憎くても   会えるのならば いいじゃない      私は父に もう会えないの その命 与えてくれた 人ならば    憎まずにどうか 愛して欲しい
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