追悼放送

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追悼放送

この虚しさはなんなのだろう。 淳の死を聞いてからこの方、 僕は自分自身をもてあましている。 机の上には歴史の教科書とノート、 参考書が広げられていたが、 勉強をする気にもなれず 机を背にして椅子に座り考え込んでいた。 彼のことを友として親しんでいたかといえば、それは嘘になる。 学級委員長として、 放送部の部長として 彼に対しては親しむようには努めてはいたが、 正直な気持ちを言えば、 有美と僕と父との間に割り込もうとする奴と疎んじていた。 憎みさえしていたかもしれない。 それなのに… まるで、やっと見つけた宝物を失くしたときのように、 大切な愛する人を失ったかのように この胸にぽっかりと穴の空いたみたいな喪失感…。 いったいなんなんだ…。 後ろめたくはあるが、 これで元のように彼が現れる前に戻って有美や父とも過ごせると安堵してもいいはずなのに…。 確かに、有美の嘆きを思えば心が痛む。 でもその傷はいつか時が癒してくれるだろうし、 僕の力で彼女の心の空白は必ず埋めてみせる。必ず…。 しかし、それだけではない、 何かが僕を虚しくさせる。 いったいどうしたら…。 僕は机に向き直ると教科書や参考書を閉じてしまった。 そして机の隅にある放送原稿に目を落とした。 休み明けの最初の日に放送するはずの予定のものだ。 〈こんなありきたりの内容、 何事もなかったように放送することなんてできるものか…〉 僕は携帯を開いて義雄の番号を押した。 「もしもし、ああ、陽大か。 いや、勉強じゃなく占いの本を読んでいたところだ。どうした? 2年生の放送部員だけ集めろって? お前の家へ行けばいいのか? うん、わかった、連絡する。じゃな。」 「みんな急に呼び出してごめん。 実は、休み明けの校内放送のことで相談しようと思って。 どうだろう、榎先生にお願いして、 金本君の追悼放送にさせてもらうというのは…。」 義雄は驚いて陽大の顔をみたが、 思い直したように頷いて言った。 「そうだな、 2年生の大部分は彼が事故で亡くなったこと知っていることだし。 せっかくの休み明けから暗い話題でちょっと気が引けるけど、 何事もなかったようにするのもなんか白々しいしな。」 その義雄の言葉を遮る(さえぎる)ように桃子が言う。 「いやよ!そんなの! 淳君のことは、 私達仲間の間だけで、 楽しかった思い出だけ 胸にしまっておけばいいことじゃない。 …そんな悲しい出来事を思い出したくないわ。」 桃子は立ったまま涙ぐんでしまった。 「ごめんよ、桃子。座って聞いて欲しい。 君の悲しい気持ちも、 信じたくない気持ちも分かるよ。 あんなこと早く忘れてしまって、 彼はどこかの学校へまた転校して元気でやってるって思いたいんだろう? でも事実なんだ。 確かに僕は彼と余りうまくいってなかった。みんなも知ってるとおりだ。 そんな僕がこんなことを言うのは変かもしれないけれど、 僕達は仲間だったんだということを確認したいんだ。 金本君のことを忘れちゃいけない、 出会えたことに、 たとえたった2ヶ月だけでも一緒にすごせたことに感謝して、 僕達は今生きていることに感謝しなきゃいけないと思うんだ。 なんかうまくいえないけれど、 追悼放送といったって どういう内容にしたらいいかわからないけれど、そう思うんだ。 有美はどう?」 うつむいていた有美は、 ハッとしたように顔を上げた。 「え、えぇ。私は…、 陽大の考えでいいと思うわ。 内容は榎先生とも相談して…。 ね、志乃。」 「そうね、なんかこうして毎日元気で暮らしているのが当たり前だと思っていたけれど、金本君みたいに… なっちゃうこともあるんだものね。 感謝しなきゃいけないのよね。 金本君の思い出を語りながら、 『今を大切にしましょう。』 みたいな話にすればいいんじゃないかな。」 「おう、お前もたまにはいい事言うじゃん。 どうだ、桃子。 そういうのならかまわないだろ?」 「……」 桃子、はまだすねたように横を向いている。 「僕のわがままかもしれないけれど、気持ちに区切りをつけたいんだ。 事故で亡くなったけど、 彼にとっても僕達と過ごした2ヶ月は大切ないい思い出であって欲しい。 このままうやむやにその歳月が忘れられてしまうのは、なんかいやなんだよ。 ここに、僕達の仲間として確かにいたんだということを、刻み込んでおきたいんだ。」 「わかったわ。 淳君と色々あったことは許すって、 そう思っていいのね。」 「ああ。なぜあんなに僕に突っかかるような態度をとったのか理解できないけれど、 でもやっぱりいなくなってみると 僕も胸に穴が開いたようなんだよ。 だから、彼も大切な仲間だったんだなっていまさらながらに思ったんだ。」 「そうまで言うのなら、 木村君の言う通りにしましょ。」 「ありがとう、華山さん。 それじゃあ、僕が原稿のたたき台を作って先生と相談するから、 後はそれぞれ一言づつ彼の思い出なんかを語るという形にしよう。 それでいいかな。」 「おまえにまかせるよ。 また何かあったら連絡しあって、な。」 と義雄がみんなの顔を見ると皆うなずいてくれた。 「有美。」 帰ろうとする有美を陽大が呼び止めた。 「なに?」 「もし、辛いのなら有美は無理してしゃべらなくてもいいよ。 今回の企画は、 ある意味僕のわがままだから…。」 「ううん、大丈夫。 心配しないで、私にも話させて欲しい。 それより、うちのお母さんには私と淳君のこと黙っていて欲しいの。 お母さんは淳君のこと知らないし、 会ったこともないわ。 私も話したことないし…。 放送部の仲間が亡くなった…ことは 言ったけれど、 転校してきたばかりの人で そんなに親しいわけじゃないからって言ってあるから。… 心配させたくないの。 お願いね。」 そう有美はいうと、 少し淋しそうに微笑んだ。 「あぁ、わかった。 有美、家まで送っていこうか?」 「ううん、一人で大丈夫。 じゃあ、学校でまた会いましょ。」    ーーーーーーーーーー 「皆さん、こんにちは。 お昼の校内放送の時間です。 今日は新年に入って初めての放送ですが、 先生方の許可をいただいて特別の内容で放送いたします。 担当は2年生の木村陽大、久保田義雄、華山桃子、児玉志乃、千田有美の5名です。 ご存知の方もいらっしゃると思います。 昨年の大晦日、 僕達の仲間である金本淳君が事故で亡くなりました。 彼は、冬休みに入った直後に、 ご家庭の事情で急に転校することになり、 その手続きがとられていました。 ですから、 事故に遭ったときすでに、 彼はこの学校の在校生ではなくなっていました。 そのため、事故前後の詳しい事情は知らされておらず、 僕達もソウルでの葬儀に参列することもできませんでした。 とても残念なことです。 今日は、 彼の追悼放送とさせていただきます。 西村由紀江の 『あなたに最高の幸せを』の曲にのせて、 僕達から彼へ送る言葉を読みたいと思います。」 「久保田義雄です。 お前は本当に変わった奴だった。 東京の高校から転校してきたというだけで異色だった。 噂どおり数学はずば抜けてできたし、機械にも強かった。 そのくせ『しゃべるのは苦手だと』 放送部員のくせに校内放送の当番や 部活動はサボるし、 転校早々から遅刻の常習犯だし… 本当に”意外性の固まり”だったよ。 でも、俺はお前が憎めなくてなぜだか好きだった。 もっと親しくなりたかったのに。 何でこんなに早く逝ってしまうんだ…。 俺の占いによれば、俺達は会うべくして出会った仲間なんだ。 たった2ヶ月だったけれど楽しかったよ。 またいつかどこか出会えることを信じている。 さよなら、金本淳。」 「華山桃子です。 淳君、あなたは私を夢中にさせたただ一人の人です。 私はあなたが好きだった。 あなたはクールで、知性があってとても素敵だったわ。 みんなのアイドルの私に、 あなたは振り向かなかったし、 とうとう1度も“桃子”って呼んでくれなかったわね。 でも泣いたりしていないから心配しないで。 絶対あなたより素敵な人を見つけて私のものにして見せるから、 天国から見ていてちょうだい。 あなたと過ごした時間はとても楽しかったわ。 ありがとう、淳君。」 「児玉志乃です。 初めの頃、私はあなたのことをとても怖い人だと思っていました。 だって、いつも無表情で本ばかり読んでいて笑わないんですもの。 でも、だんだん本当は優しい人なんだってわかったわ。 放送室で配線がおかしくなってみんなが困っている時に黙って直してくれたり、 私がCDや本を運ぶのに、 重くて落としそうになっていると 手伝ってくれたり。 どじな私をそんなふうに助けてくれた時でも、あなたは特に偉ぶる様子も見せずに、 さりげなくいつもどおり無愛想で…。やだ、泣けてきちゃった…。ぐすん。 私達の中で諍い(いさかい)や揉め事もあったけれど、 今はもう楽しかった思い出ばかりです。 これからは金本君の分も頑張って放送するからね。 さようなら、金本淳君。」 有美の番になった。 原稿を持つ手が小刻みに震えている。 陽大が心配そうに有美の肩の上に手を置くと、 有美は振り返って「大丈夫」と言いたげに微笑んだ。 有美は思い切って原稿をたたんでしまうと、目を閉じて語り始めた。 「千田有美です。 淳君、みんなの声が聞こえていますか。 あなたは一人で遠くへ行ってしまったけれど、 みんなあなたのことを忘れません。 あなたのことを覚えているから、 あなたは一人だけれど一人じゃない。 だから、淋しくなんかないわよね。 短い間だったけれど…、 もっともっとあなたと思い出を作りたかったのに…、 でも今はあなたに出会えたことに 後悔などしていません。 またいつか、 少し先のことになると思うけれど、 あなたのいるところへ私も行って 会えることわかっているから、 さよならは言いません。 少しだけ待っていてくださいね。 ありがとう、金本淳君。」 マイクの前を離れる有美の後姿に 淳との目に見えぬ深い絆が感じられて、陽大は言葉を失った。 〈もう、僕の入り込むすきはないのか…。〉 暗澹たる心を振り切るように、 陽大はマイクの前に座った。 「僕達は毎日当たり前のように今日という日を迎え、 明日という日が続くことを信じて疑いもしません。 しかし、今回の出来事は、 そうではないことを僕達に改めて教えてくれました。 永遠に続くと思もっている今の平凡な日々がいかに尊いものか、 永遠という時間も 今の一瞬一瞬の積み重ねであることを彼、金本淳君の短い生涯が教えてくれました。 ありがとう、金本淳君。 最後に、 彼が愛したピアノ曲『初めて』 をお送りし、 今日の放送を終わらせていただきます。 明日からは通常の校内放送をお送りいたします。」 「お疲れ様。今日はみんなありがとう。 これで何かが変わったわけではないけれど、 少し気持ちの整理がついたような気がするよ。 これからもよろしく。」 陽大が手を差し出すと、 一人一人と握手を交わした。 「有美、大丈夫?」 「うん、ありがとう。大丈夫よ。 淳君もきっと喜んでくれているわ…。 ね、そうでしょ、みんな。」 「そうだな、まだ金本君がここにいるようだよ。 そんな気がしないか?」 皆が放送室のいつも淳が黙って座り込んでいたソファの方を向いた。
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