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エピローグ&10年後
10年後の春
晴れ渡る青空に
色とりどりの薔薇が咲き乱れる
『バラ園』ガーデンパーティー会場
今日は、木村陽大と華山桃子の
結婚披露パーティーの日。
高校2年生だった彼らも、
この10年間で紆余曲折があった。
有美一途だった陽大が桃子と結ばれるまでには、ふたりとも辛く苦しい時期を乗り越えてきた。
その詳細は、ここでは語らない。
今日のパーティーの司会は、
放送部仲間の久保田義雄・志乃夫妻。
そう、
このカップルは一足先にゴールインしたのだが、それも、紹介に留めておく。
では、有美はどうなったかといえば…
金本淳と結婚した。
事故で死亡したと思われていたのだが、実は生きていたのだ。
ふたりは2年前に再会し、結婚。
今日のパーティーに夫婦で参加している。
(このふたりの物語は、ここでは語り尽くせないので、また別のお話で。)
そしてもうひとりの登場人物、
一年後輩の佐藤栞は、
木村陽大がラジオ局に入局、
ディレクターになると、
その後を追ってとうとう
ラジオ局のアナウンサーになった。
…………
皆さんこんにちは。佐藤栞です。
休日の午後のひと時、
素敵な音楽とおしゃべりでおくつろぎください。
今日のテーマは
「届けられなかったラブレター」
忘れられない初恋の思い出はありませんか。
叶えられなかった、
切ない恋の思い出はありませんか。
これは、大切な人への思いを綴った、でも、
出すことのできなかったラブレターです。
💖💖💖
あなたは、私の希望の灯し火でした。
俯いていた私は、
あなたに出会って
頭を上げることができました。
あなたを見ていることができるだけでうれしくて、
あなたと同じ空間にいられるだけで楽しくて、
あなたにふさわしい女性になりたい、
それが私の毎日の生きる張りになりました。
あなたが好きです。
大好きです。
この気持ちを、
いつかあなたに伝えたい。
たとえ、叶わぬ想いだとしても…。
あなたの瞳には、
いつも別の人が写っていることは、
わかっていました。
それでも、
好きでいることを止めることはできなかった。
どんどん大きくなっていくばかりだった。
叶わぬ恋に、
いつまでもとらわれていることは、
愚かでしょうか…。
ここで音楽をお届けしましょう。
「あなたに会えて…」
♪♫🎶
…………
佐藤栞がパーソナリティを務める
ラジオ番組の放送が始まった頃、
バラ園では、木村陽大と華山桃子の
結婚披露パーティーが開かれていた…
「えー、ではここで、
僕たち県立第一高等学校放送部の
後輩である佐藤栞さんから、
お祝いのメッセージと音楽が届いておりますので、ご紹介いたします。」
「木村陽大先輩、華山桃子先輩、
ご結婚おめでとうございます。
長い間、お二人の姿をある時は近くで、
ある時は遠くで見させていただきました。
どんな困難が襲ってきても臆することなく、励ましあい勝ち超えてこられたおふたりの姿は私の憧れです。
おふたりの後輩でいられたことに
感謝いたします。
ありがとうございました。
お幸せをお祈りいたします。
佐藤栞」
メッセージを読み終えると、
久保田義雄は、
腕時計で時間を確認し、
オーディオデッキのスイッチを入れ
ラジオの周波数を合わせた。
すると、
スピーカーから、計ったかのように
音楽が流れ始めた…。
(やれやれ、うまくいった…)
* * *
la la la la ......
……
あなたに会えてよかった
だから今の私がいる…
* * *
(栞さん、
素敵なプレゼントをありがとう…。)
(今、
ここにあることに感謝します…。)
「では、もう一曲お届けいたします。
『ひとつ』」
🎶
「ここでリクエストにお答えしたいと思います。
木村陽大さんのリクエストで
『母に贈る歌』です。
結婚披露パーティーの日に、
感謝を込めてお母様に贈ります。」
♪♫
* * *
音楽が終わると、
義雄はスイッチを切った。
(? あなた、どうしたの?…)
何もしゃべらない義雄を訝って、
志乃は肘でこづいた。
「なんだよ…。
ちょっと、胸が詰まっただけだよ…。
いや、なんだ…、なんつうか、志乃、
ありがとうな。
これからも、よろしく。」
「ヤダ、こんなところで…義雄ったら…。」
(だから、好きよ…。旦那様!…)
「ほら、司会。司会…。」
「あ、そうだった…。
(いかん、いかん。
つい、思いにふけってしまった。)」
「大変失礼いたしました。
佐藤栞さん、
素敵な音楽のプレゼント、
ありがとうございました。
それでは、続きまして…」
…………
(義雄がスイッチを切った後も、
放送は続いていた…。)
幸せって、なんでしょうか。
叶う恋ばかりが、幸福でしょうか。
あなたにこの想いが伝えられないからといって、
あなたに会わないほうが良かったとは思いません。
あなたが笑えば、
私も笑います。
私の心は、温かくなります。
あなたが泣けば、
私も泣きます。
悲しみを洗い流せるまで。
あなたに出会えて、
本当に良かった。
あなたを好きになった自分が
大好きです。
だから…、
これからも好きでいさせてください。
あなたの幸せを
いつも遠くの空から
お祈りしています。
さようなら…。
書き終えて 出さない手紙 封緘す
青春の日を 思い出にする
きらきらと 輝いていた あの時を
宝物にして 明日も生きてく
この後も素敵な休日をお過ごしください。
お相手は、佐藤栞でした。
それでは、また…。
………
栞は、手元のマイクを切った。
ディレクターからOKサインが出された。
(この手紙、どうしよう…。
やっぱり、
卒業する時焼却場で燃やしてくるんだったわ…。
10年以上たって、
いまさらだけど…。)
表書きに「木村陽大様」
と書いた手紙を、
栞は鞄にしまった。
その頬に翳りはなく、
穏やかな微笑がたたえられていた。
「今日も“栞節”炸裂だったね。
栞さんにそんなに想われている人ってどんな人なのかなぁ~?羨ましい!」
「そんな、ディレクター…。
そんなこと言うと、本気にしちゃいますよ!
私、ご存知の通り、執念深いですから…」
「いいよ、本気にしても。
もうそろそろ、その鞄にしまった手紙から卒業してもいいんじゃない?」
「見てたんですか…?」
「君のことは、割合見てるつもり…
気付いてなかったんだね…凹むなぁ。」
佐藤栞にも、ほんとうの“春”が近くまで来ているようだった。
おわり
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