元彼のシュンスケ

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 「結城さんは次行かないんですか?」  私は先生と少しでも話がしたくて、片付けの手を止めて話しかけた。  「うん、たくさんの酔っ払いに疲れちゃって。」  「ふふふ。確かに、皆さん明日大丈夫かな。」  何てことない会話なのに、胸の奥がホッコリ温まる。  あ…  不意に昼間の夏帆さんが  『既婚者だったらそれは諦めないと…傷つくのは自分だからね。』と言っていたのを思い出した。  でも、突然脈絡なしに『結婚していますか?』なんて聞けないし、探りをいれるって、どんな風に聞いたらいいのか…  そんなことを考えて私がモジモジしていると、先生が「じゃあ、また来ますね。」と手のひらを私に向けた。  左手の薬指に、指輪はしていなかった。私は目ざとくしっかりと確認した。  「はい、お待ちしております!」  嬉しい気持ちが表れてしまったのか、思っていた以上に明るい大きな声が出て、自分でも驚いた。  先生も驚いたようで少しだけ目を見開いたが、クスっと笑ってバイバイと手を振って店を出て行った。  「紗雪ちゃーん、テーブル運ぶの手伝ってー!」と、鈴木さんが声をかけてくるまで、私は先生の余韻に浸って動けずにいた。  私は我に返って「ごめんなさーい!」と、鈴木さんの元へ駆け寄った。  「イケメンね、知り合いなの?」  「常連さんです。私も先日…初めて…お会いして。」  ちょっとした嘘なのだが、チクリと胸が痛む。  「ふぅ~ん、若いっていいわねぇ~…」  「えー?鈴木さんだって、まだまだお若いじゃないですかー…ご主人理解ありますよね。」  「そうね、あの人、私がいないと生きていけないから。」  「わぁ!私もそんな風に言ってみたい。」  私たちは口も動かしつつも、手際よく片付けを終わらせた。  雅人さんがもう上がっていいというので、雅人さんと人見知りの強面シェフ(名前は田代さん)に挨拶をして帰ることにした。  鈴木さんは「じゃ、またね紗雪ちゃん」と狭い路地裏から自転車を出してきて、颯爽と帰っていった。  日中は少しだけ春めいてきたなと思ったのに、夜はやっぱりまだ寒い。  露出している顔と足首が冷える。  耳も寒いので、私はシュシュを外して髪をほどいた。  少しだけアッシュカラーに染めた私の髪は鎖骨あたりまであるので、耳と首元はこれで少しだけ暖かくなった。  それでもまだ足首も鼻も寒いので、私は足早に地下鉄駅へと向かった。
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