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「紗雪」
地下鉄駅までもう目前というところで俊介に出くわす。
私は呼び止める俊介を無視すると、急にギュンと腕を引っ張られた。
「痛っ…なに?」
私は俊介を睨みつけた。
俊介はそんなこと全く意に介さず、私は俊介の方へと引き寄せられ、両腕をつかまれて拘束される。
「離して…」
私は両腕を振りほどこうとするが、私の抵抗は虚しくも歯が立たない。
往来する人たちはチラチラとこちらに視線をやるが、足早に通り過ぎて行ってしまう。
「なぁ、紗雪。やり直そう…」
俊介は真剣な目で私を見つめる。
「無理だよ。離して!」
「俺が馬鹿だった…この一年離れて気づいた…俺おまえいないとダメなんだ…」
何を勝手なことを言っているの…自分のしたことわかってるの?私はもう知らないよ…ほっといて…」
「あれはちょっと魔が差して…そもそも一回だけなんだって…」俊介の手に力が入って、私の両腕が締め付けられる。
「痛い、痛い!回数とか関係ない。もう絶対に無理。離して!」
私の目に痛みと恐怖で涙が滲んだ。
その涙を見て怯んだのか、俊介の手の力が緩んだ。私はその隙をついて腕を振り払い「もう会いにこないで!」と私は捨て台詞を吐いて、振り返ることもせずに全力で駅へと走った。
丁度良く地下鉄の発車のアナウンスが流れている。
私は地下鉄に乗り込んで、乱れた呼吸を整えることに努めた。
俊介は追いかけては来ていなかったようだったが、もし今後も付きまとわれたらと思うと背筋が凍りついた。
全力で逃れようと腕を振りほどこうとしたのに、びくともしなかった。
今までこんなことなかったのに…
じんわりと痛む両腕をさすって不安と恐怖を落ち着かせようとしたが、その手もガタガタと震えてちっとも落ち着かず、ポロポロと涙が零れた。
一人の家に帰るのが酷く心細くて、私は夏帆さんにLINEを送った。
『今から行ってもいいですか』
23時も過ぎて迷惑極まりないのに、既読になって数秒で『来い来い』と返信が来た。それからなんだかよくわからないキャラクターのお間抜けなスタンプが続けて五つくらい送られてきて、夏帆さんらしくて癒された。
少しだけ落ち着きを取り戻して、私は夏帆さんの家へと向かった。
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