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私のテゾーロ
あの日、夏帆さんは朝まで私の話を聞いて慰めてくれた。
「身勝手なとんでもない野郎だ。」と言って、私の腕を撫でてくれた。
「何かあったらすぐに呼びなさい!どこへでも駆けつけるから。」と頼もしいことも言ってくれた。
夏帆さんの言動は本当に心強くて、いつも励まされてばかりだ。
あれから数日経った火曜日。
今のところ俊介からの連絡はなく(もちろんブロックしているのだが)会いに来ることもなくて、少しだけホッとしていた。
あの日は酔っぱらっていたし、結婚式にあてられただけだったのかもしれない。
そんな風に思っていたのだが、それは間違いだった。
今日は最後の患者が少々面倒な人で、いつもよりも終業が遅くなってしまった。雅人さんに出勤が遅れることをLINEを送り、急いでクリニックを閉めてTesoroへ向かったのだが、あろうことか、店の近くで俊介が私を待ち構えていた。
「紗雪」
私が気付いたのと同時に俊介も私に気が付いた。
全身から血の気が引き、寒気が襲う。
どうしてまたいるの?
私は俊介に背を向けて走り出した。しかし、直ぐに追いつかれてまた手首をつかまれてしまった。
「嫌…」
「逃げんなよ。話をしよう…」
俊介は、泣き落としでもするかのような表情と態度を見せた。
「もう私には話すことないよ。会いに来るのやめてよ…」
どうしたら諦めてくれるのかを一生懸命考える。
強く出て逆切れされたら敵わない。
けど、ずっとこうして付きまとわれるのも困る。
どうしよう、どうしたらいいの…
そんな私のことなどお構いなしに、俊介は私に「どうしたら許してくれる?」と聞いてくる。
私は俊介に向き直って
「許せるわけないでしょ。私はあんたの顔見る度にあの光景を思い出して吐き気がするの。もし万が一、絶対にありえないけど、仮によりを戻したとして、これから先あんたはずっと私に許しを請いながら付き合い続けるの?私はもう無理なの、もう二度と私の前に現れんなバカヤロウー!」
…って罵って、思いっきり脛でも蹴り上げられたら良かったんだけど、そんなこと恐怖で足もすくんでいるような私にできるわけもなく、私はただ黙って唇をかみしめた。
私の手首をつかむ俊介の手に力が入る。
「何とか言えよ」
「痛いって…離してよ…お願いだから、もうほっといて…」
俊介って、こんな話のわからないやつだった?それにこんな力づくなことする人じゃなかったと思うんだけど…
付き合っていた時は気づかなかっただけ?
なんで私は悪いことしてないのに、こんな目に遭わなきゃならないの?
だんだんと涙で視界がぼやけてくる。
「ちょ、なんで泣くの。あぁー…もう…ちょっと、行こう…俺の車あっちだから…」
俊介は周囲をチラチラと気にしながらそう言って、私の手を強引に引っ張っる。
「ヤダ、痛い…離して…」
「話すだけだから…」
私はどうにか踏ん張るが、手首の痛みに負けてズルズルと連れていかれる。
嫌だ!連れて行かれて私、何されるの?
助けて…
と、その時
「手離せよ」と紺色のスーツを着た長身の男性がスッと現れて、俊介の腕をつかんだ。
「イテテテ…何だよあんた、関係ないだろ!」
俊介が私の手を離し、声を荒げてそう言った。
え!先生!?
私は、驚きと安心とで腰が抜けて座り込んでしまった。
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