私のテゾーロ

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 「自分より力の弱い人に、こんな力づくで…恥を知れ!」  そう言った先生の声は、かつて聞いたことのない低く荒げたものだった。 俊介は何も言い返せずに、もごもごしている。  「二度と紗雪さんの前に顔見せるな。あんたのやったことはれっきとした暴行罪だ。今度は容赦なく警察呼ぶからな。」と、先生は冷酷な態度で俊介に告げた。  しっぽを巻いて逃げていくという表現がピッタリ当てはまるように、俊介は「クソ、もういい!」と言って去っていった。  いつの間にやら周りには数名の人が集まっていて、小さく拍手している人もいた。  「紗雪さん、大丈夫?」  先生は私の隣にしゃがみ込んで、心配そうに顔を覗き込んできた。  その顔があまりに優しくて、私は安心して涙があふれて止まらなくなった。  先生がポケットから袋詰めのティッシュを出して私にくれた。  「こういう時はハンカチがセオリーなんだろうけど…ティッシュの方が気兼ねなく使えるでしょ?」と言って微笑んだ。  私はその笑顔と言葉に気が抜けてフフっと笑った。  泣いている女性に言うにはちょっぴり格好の悪いセリフだが、私を落ち着かせるための優しさがひしひしと伝わってきて嬉しくなる。  「立てますか?」  私は自力で立ちあがろうとするも、力が入らない。  「嫌じゃなければ、手を…」  そう言って、先生は私の目の前に手を差し伸べてくれた。  簡単に身体に触れるようなことはせず、私の意思を尊重してくれるそんな先生の気遣いの完璧さに、私はすっかり魅せられる。  「嫌だなんてそんな…大丈夫です。ありがとうございます。」と言って先生の手を借りて立ち上がろうとした時、ズキンと手首に痛みが走った。  「痛っ」  先ほど俊介につかまれた手首に、くっきりと赤い手の痕が残っていた。  「これは痛いですね…早く冷やしたほうがいい。店行きましょう…あの、失礼しますね…」  先生はそう言って私をかかえるように抱き起こしてくれた。  先生との距離が一気に近づき、先生からふわりと清潔感のあるいい香りがした。  「歩けますか?」  「はい…ありがとうございます…」  力の入らない足をヨボヨボと運ぶ私を、先生は隣で支えながらゆっくり店へと導いてくれた。  力強く支えてくれる先生の手は、私に安心を与えてくれる。先生の手の温もりを感じて、少しずつ震えが治まっていくのがわかった。
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