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先生とドライブ
先生は言葉通り、20分もせずに店に戻ってきた。
「お待たせしました。行きましょうか。」と、先生が店の前に停車した黒のSUVの助手席まで私を誘導する。
私はすっかり自力で歩けるようになっていたので、手を借りることなく助手席へと乗り込んだ。
ゆったりとしたシートはとても座り心地が良く、清潔感ある車内は、ほのかにムスクのようないい香りがした。
「いい車乗ってんねぇ…じゃあ、柊真、頼むね。紗雪はしばらく休んでいいからな。気をつけて…何かあったら連絡しろよ。」
雅人さんはそう言って、助手席のドアを閉めてくれた。
先生は運転席に乗り込み、助手席の窓を開けて「それじゃ。」と雅人さんに言って、シートベルトを締めた。
私も、慌てて自分のシートベルトを締めて、雅人さんに「ごめんね」と言って手を振った。
車が発進してハッとした。
送ってもらうということは、車内に二人きり…
急にこの状況を意識して緊張してくる。
私は先生の顔を見れずに横断歩道を往来する人を目で追ったが、対向車のライトが眩しくて、視線を手元へ落とした。
「手、早く良くなるといいんだけど…」
先生が心配そうに私の手に視線を向ける。
「すぐ冷やしたおかげか、今は少し痛み引きました。あ、私ちゃんとお礼言ってなかったですよね…本当に、助けていただいて、しかも送ってもらっちゃって…ありがとうございます。」
私は少しだけ先生の方へ体を向けて、深々と頭を下げた。
「いえいえ、本当、その程度で済んで良かったです…送るのは好きでやってることなので、気にしないでください…」
「今度、ちゃんとお礼させてください…」
「いえいえ、本当、大丈夫ですから…」
話が途切れて、神様が通った。
なんだか少し気まずい…
「あ、なんか適当に音楽とかかけてもらっていいですよ…」
「あ、はい…でも、ちょっとどこ触っていいかわかんないです…」
「ハハハ、そっか…じゃ、プレイリスト適当に…」
先生はそう言って、信号待ちの間に手早くスマホを操作して、選んだ曲をブルートゥース再生した。
有名な4人組のポップバンドの曲が流れる。
彼らの曲は、印象的なメロディとボーカルのハイトーンボイスが特徴で、私の大好きなバンドだ。
「あ、この曲、好きです…この人たちの曲、全部好きかも…」
「曲調も面白いし、歌詞もいいよね…」
「そうなんです!ボーカルも上手くて天才ですよね!」
私は自分の好きなものを理解し合えたことが嬉しくて、つい力が入ってしまった。
先生は横目で私を見て、優しく笑った。
信号が青になり、先生は車を発進させた。
先生の運転は丁寧で、車間距離も程よくとって、乗っていて安心できる。
車の運転には、隠せないその人の本質みたいなものが現れると私は思っている。
車間距離が近いとか、ブレーキが強いとか、煽るとか、そんな運転の人とはうまくいった試しがない。まぁ、運転が丁寧だけど、うまくいかないって人ももちろんいるのだけれど…
「もっと他にも紗雪さんのこと教えてください」
「他にも?」
「趣味とか、好きな食べ物とか、嫌いな物とか…」
「あー…えーっと…趣味は映画鑑賞と読書で、好きな食べ物はいっぱいありますけど…メロンパンかな…嫌いな食べ物はあまりないんですけど…強いて言うならナマコですかね…」
「ナマコねー!それは僕も嫌いですね…映画はどんなジャンルが好きですか?」
先生がどんどん話をふってくれて、それに答えているうちに最初の緊張はどこかへいってしまっていた。
先生との会話が楽しくて、ちょっと前まで感じていた不安や心細さも薄れていった。
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