嘘のハジメマシテ

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嘘のハジメマシテ

 北海道の春は訪れが遅い。  それでも、今年は例年になく桜の開花が早まりそうだと、テレビでは地元キャスターが報じている。  お決まりの時間で全国ニュースに切り替わると「暑さ対策のために、今からエアコンを試運転しておきましょう」などと言って、エアコンの手入れの特集が始まった。  こちとら朝晩はまだ肌寒くて、まだまだ暖房が手放せないでいるというのに。  4月半ば、世の中は新年度がスタートし、フレッシュな気持ちで希望を胸に抱いた若者たちが、ふかしたエンジンを発動させている時期だ。  私はというと、小さな皮膚科クリニックの医療事務の勤続三年目。  このクリニックは、院長と看護師長の夫婦経営で、二人の間には子供が四人。一番下の息子さんはまだ2歳と幼く、就業時間は遅くても18時となるように16時半には受付を終了してしまう。水曜と日曜は休みで、土曜は半日と いう一見まるでやる気のないクリニックのようだが、それなりに評判も良く、  午前は混雑して2時間待ちなんてこともあるくらいだ。  職場環境としては、院長も師長もおおらかで人柄も良く、申し分ない。ただ一つ言うなれば、給料が安いってことくらいだ。  軽くそうは言っても、時間にゆとりはあるのにお金にゆとりが無いのでは、何もできやしない。  そこで私は、去年から勤務が終わった後に叔父が経営する店を手伝って、お小遣いをもらっている。  とはいっても、お店なんかではなく、Tesoro(テゾーロ)という名前のダイニングバーだ。  もちろん院長からは副業の許可は得ている。  Tesoroで働くのは楽しく、趣味みたいなもので、仕事後でも苦にならずに続けられている。  「いらっしゃい…あれ、紗雪(さゆき)?今日、水曜だけど…」  叔父の雅人(まさと)さんが複雑な顔で出迎えてくれる。  私がTesoroを手伝うのは主に火曜と金曜と土曜なので、水曜日に店に来るのは初めてだった。  「うん、今日休みで暇だったからプラプラしてきて、その帰り。ご飯食べさせてもらいに来た。」  「ズルいね~…その分は働けよ。」  「わかってまーす」  雅人さんは母の弟で、42歳。  ツーブロックにした髪型がとってもよく似合うお洒落なイケオジだ。とても 若々しくて42歳には見えないと思うのは叔父馬鹿だろうか。  雅人さんは、五年前に脱サラしてTesoroの店長となった。  雇われ店長だと本人は言うが、店のこと全て任されているといっても過言ではないほど、自由にしているようだった。  私は、オーナーとは一度しか会ったことはないのだが、二人の雰囲気から察するに、何やら特別な関係なのではないだろうかと勝手に思っている。
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