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「紗雪、それ終わったらあがっていいよ」
空いたテーブルを片付けていると、雅人さんが背後から声をかけて来た。
まだ22時といつもより早いのだが、鈴木さんがラストまでいてくれるというので、たまには早上がりさせてもらうことにした。
私が帰り支度をしてホールに出ると、ちょうど先生も会計をするところで、雅人さんと話している。
店を出た後少し話せるかも…と期待して、気分が上がる。私は「お先に…」と話し込んでる二人に挨拶をして店を出て、先生が出てくるのを外で待った。
先生は店から出て来て私を見つけると「お待たせ」とでも言いそうな勢いで、私の隣に来て「紗雪さんはこのまま帰るの?」とあどけない表情で私を見つめた。
私服のせいなのか、お酒のせいなのか、なんだか、いつもの大人でどこか遠い存在の先生とは違って、身近に感じられて嬉しい。
おそらく質問に他意はなく、私が帰ると言えば駅まで送ってくれるのだろう。
でも、私が誘ったら…?
こんな機会、滅多にないかもしれない…
私は少しずつ速くなる鼓動を感じて、緊張で息がつまる前に「結城さん、飲みに付き合ってもらえますか?」と、私は思い切って誘ってみた。
先生は「もちろん、どこ行く?」と直ぐに返してくれて、私は嬉しくて小さく拳を握ってしまう。
こういう時はどこって言うのが正解なんだろう…
私が返事に困っていると「そこの居酒屋でもいい?なんか焼き鳥食べたくて」
と、先生は赤い提灯の下がった店を指さした。
私は「そこにしましょう」と、先生の背中について行った。
*
二人用のテーブル席に案内されて向かい合って腰かける。今まであまり面と向かって座るということがなかったので、妙に緊張してしまう。
意識すればするほど目のやり場に困ってしまい、意味もなく店内をキョロキョロと見渡した。それで初めて気づいたが、店内の席は客でびっちりうまっていた。待つことなくすんなり入れたのはラッキーだったのかもしれない。
先生は「Tesoro以外でって、新鮮ですね。」と笑って、とりあえずの生ビールで乾杯をした。
そして「さっき雅人さんから聞いたけど、例の彼から手紙来たって…」と、先生は遠慮がちに聞いてきた。
「そうなんですよ…」と、私は手紙の詳細を話した。
先生は静かに相槌を打ちながら聞いてくれて、「それなら少し安心かな…」と、自分ことのように安堵の表情をみせてくれた。
私が「お陰様で少しだけ枕を高くして寝られます。」と言うと、先生が「枕を高くしてって…」と、ケラケラ笑った。
いたって真面目だったから、何が面白かったのかわからなかったけれど、私も先生につられて笑った。
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