口づけとモトヅマ

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 「浮気された挙句…今回みたいなことにまでなって…見る目がないんですね…えへへ…」  後にも引けなくなった私は、俊介とのことを洗いざらい話してヘラヘラと笑った。  こんな話をしてしまってる自分が滑稽で、それに自分が浮気されるような女だと卑下しているようで惨めな気分になって、笑いながらも少し涙ぐんでしまった。  「そんな事が…紗雪さんはなんにも悪くない。浮気するヤツが悪いに決まってます…そんな男のことはさっさと忘れた方がいい…」  そう言ってビールを飲み干して「腕はもう平気?」と続けて聞いた先生は、どことなく哀愁が漂っているように感じた。  それから、私の手に向かって先生の手が伸びてきて、遠慮がちに私の手に触れた。  「痕は消えてきましたね…よかった…」と微笑んだ。  先生、何があったんですか…  どうして、そんな悲しそうなの?  気付けば、私は先生の顔をじっと見ていたようで「そんなに見つめないで?」と、先生はちょっと困ったような顔で笑い、照れ隠しなのか、手で目元を覆うようにクイっと眼鏡の位置を直した。  私は完全に酔いが回って、自分の気持ちが抑えられなくなっていた。  ゆっくり離される先生の手を、引き留めるように私は先生の指をちょこんとつかんだ。  先生は少しだけピクッと反応したが、直ぐにいつもの涼しげな顔で、私の手をキュッと一度握り返してからそっと手を離した。  そして、店員を呼んで「お水を二つ」と頼んだ。  今の握り返しはどう言う意味?  先生の表情からは、気持ちは全くわからない。  私たちは無言で、運ばれてきた水を一気に飲み干して、店を出た。  立ち上がると、思っていた以上に酔っている自分に気付く。  足元がおぼつかなく、ふらつく。  「大丈夫?」と、先生が体を支えてくれる。  手早く会計も済ませてしまっていたようだったが、私はふわふわする自分の意識を留めておくことに全神経を向ける以外できなかった。  先生は困った子供を扱うように目を細めて笑って「終電はまだ間に合いそうだけど…その様子じゃ……」と私を見下ろす。  その顔は、やっぱりたまらなく優しくて、うっかり「好き」と言ってしまいそうになる。  気付けば私は、先生のTシャツの裾を小さくつかんで「帰りたくない…」と今にも消えてしまいそうな声で言っていた。  すると先生は「タクシー…ですね…」と、私から視線を逸らして眼鏡を触った。先生の表情はわからない。
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