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え…
私は動揺して先生の顔をまともに見れなくなり目が泳いでしまう。
「えっと…」と言ったきり黙り込むと、先生が「ゴメン、意地悪でした…」と軽く頭を下げた。
「え?」と、私が先生の顔を見ると、先生は優しく微笑んで「心配するようなことは何も無いですよ…」と言った。
先生が言うには、かなり酔っていたので一人で帰すわけにもいかず、家が近いので連れてきたけれど、着替えを渡しただけで自分で着替えていたし、先生はソファーで寝たということだった。貸したスウェットのズボンは大きかった から、おそらく寝ている間に脱げてしまったのだろうと…
迷惑と言う迷惑はそんなになかったというが、かなり面倒をかけていたのは間違いないだろう。
「紗雪さん、あんなに酔ってるのに「歯を磨きたい」ってきかなくて、新品の歯ブラシあったので、渡したらちゃんと磨いてて偉いなーって思いました。顔も洗いたかったみたいですが、化粧落としがないことがわかって、それはあきらめてました」
朝着替えた後、鏡を見たら目の下にマスカラはついてるし、ファンデーションはとれているし、ひどい顔をしていたな…
手早く直しはしたけど、早く顔洗いたいな…
そんなこと考えながら、とりあえず大きな失敗はしていないようで、安心したやら恥ずかしいやらで、ヘラヘラと笑って先生の作ってくれたフレンチトーストをいただいた。
「んー美味しい!」
「よかった、そんなものしか作れなくて」
「いえ、こんな美味しいの作れたら十分です」
あまりに美味しくて、遠慮することを忘れて、私用に盛り付けてあったプレートの上のものをペロリと平らげた。
「美味しかったー!ごちそうさまでした」
そう言って手を合わせると、ふと先生の真っすぐな視線を感じた。
それと同時に先生の手が私の方へ伸びてきて、驚いて咄嗟に目をギュっと瞑る。――― 何?
そう思ったのも束の間「ついてました」と、頬についていた食べこぼしを取ってくれた。
食べこぼしがついていたこともだが、まさかキスされちゃう?と期待したことが恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じた。
「すみません…」と、私は俯いた。
「紗雪さんは…酔うと、誰にでもあんな風になるの?」
少しの沈黙の後、先生が静かにゆったりとした口調でそう尋ねる。
あんな風…
おそらくそれは、私から先生にキスをしたことを指しているのだろう。
私は、俯いたまま首を横に振った。
「そこは覚えてるんだ…」と、先生は続けて、また私の方へと手が伸びてきた。
そして、私の顔の前に流れた髪を梳くようにして耳にかけて、そのまま大き な手のひらを私の耳元にそえて、ゆっくりと顔をあげさせた。
「忘れた方がいいですか」
先生は真剣な表情で、真っすぐに視線を合わせてそう私に問う。
私の心臓は、これでもかというほど強く、速くなる。
「忘れないでください…」
振り絞って出た声は弱々しくかすれていたが、しっかりと先生には届いたようだった。
「じゃあ…忘れません…」
先生の顔がゆっくりと近づいてきて、唇が重なる。
先生の柔らかい唇を感じてうっとりとしてしまう。そしてチュっと可愛く啄まれてからゆっくり唇が離されて、息をついてまた塞がれる。それから私は先生の腕の中に抱きしめられた。
私は唇の余韻と、先生の温もりに恍惚としていると、先生がいつもよりも少し低い声で「僕自身のことで、話さなきゃいけないことがあります…」と言った。
そして、私を抱く腕に少しだけ力が入った。
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