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まだ慣れていないとはいえ、人手が増えるとやるべき仕事が軽減されて、余裕ができる。
余裕ができると、つい人を観察してしまうもので、2番テーブルの二人は恋人かな…とか、5番テーブルはちょっとした職場の打ち上げかな…などと深くは考えないにしても少しだけ関係性を想像してみたくなる。
何度か来店したことのある夫婦同伴のお客様から、連休中の旅行の話を聞いていると、拓士の明るい「いらっしゃいませ」の声が聞こえた。
「先生、今日もいらしたんですね…こちらへどうぞー」
私が拓士の方へ視線を向けると、拓士の背後に先生の姿があった。
先生もすぐに私を見つけて、微笑み合う。
あぁ、今日は白シャツに黒パンツ…
スタイルがいいから、シンプルなものほどよく似合う。
少しだけ捲られた袖がお洒落で、そこから覗く筋張った腕につい目を奪われる。たくましい腕の少し浮き出た血管を見るのが私は好きだ。
ほんの一瞬、先生に見とれていると「カウンターにご新規一名様入りましたー」と、拓士がわざとすれ違いざまに私にぶつかってきて、ニヤリと笑う。
こいつ…
小学生かよ…
私は拓士を睨んでから、夫婦に「また、お話聞かせてくださいね」と挨拶をして先生に話しかけに行く。
「お客様、ご注文はお済みでしょうか」と、少しふざけて真面目な接客のふりをする。
先生は笑って「さっき頼んだよ。明日どこ行くか決めた?」と、普段通りだ。
余裕のある大人の男の、優しい眼差しに瞬時に癒される。
「映画かなぁ…」と私が答えると、先生は「了解」と言って笑った。
「お待たせしました生一丁」
拓士がニヤけた顔で、先生の前にビールジョッキをドンと置いた。
「紗雪先輩、サボってないで仕事してくださいよー…」
あー…この男、本当に面倒くさい…
今だけ、最初だけ、面白がってるだけ…
我慢我慢…
「はいはい、すみません ――では、結城さんごゆっくり…」
私は拓士には目もやらずに、先生に笑顔で会釈した。
それから、テーブル席を巡回して、空いた皿を回収してニッコリ作り笑顔で 「ごゆっくり」と告げる。
「紗雪、ほっぺ膨らましてどうしたん」
食洗器に食器をセットしていると、雅人さんが話しかけてきた。
「何でもない…ちょっとムカついて…」
「珍しい…柊真も来てるのに…あぁ、そういえば拓士って柊真の教え子なんだって、知ってた?」
まさにそれで悩んでますとも言えず「知ってた」とだけ答える。
「拓士お前の後輩で、柊真の教え子って、世間狭すぎて笑ったわ…」
本当に…
世界って思ったより狭いんだなと、改めて思う今日この頃だ。
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