嘘のハジメマシテ

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 9年も前の教え子なんて覚えているわけがない。  簡単に計算しても、千人以上の生徒と関わってきているのだから。  あの頃は、髪だって黒髪のショートだったし、化粧だってしていなかった…  名前も、親の離婚でもうじゃないし…  生徒との再会って先生的にどうなんだろう…  好きと言う気持ちを無かったことにしたくなくて、卒業式に告白したそんな 生徒のこと、どう思うかな…  いや、モテモテだった先生にとって、そんなこと取るに足らない出来事か。  私としては、忘れてくれていてよかったような、気づいてほしかったような、複雑な気持ちだ。  咄嗟だったとはいえ、初対面のふりをしてしまったことが自分でも不思議だった。もしかすると、潜在的に生徒として見てほしくない思いがあったのかもしれない。  それより何より先生があの頃と変わらず素敵すぎることが問題だ。  先生に恋焦がれていた15歳の私が目覚める。  心臓がはち切れそうなほど、高鳴っている。  「これ、俺の姪の紗雪。たまにここ手伝ってもらってるんだ。」  雅人さんが先生に私を紹介する。  「そうなんだ、常連さんなんだと思った。」  先生は笑ってそう言うと「ここ、いいですか?」と言って、加藤さんと私を遮るように隣に座った。  「ハハハ!こんなに若い女の子の常連欲しいな~…はい、生ビール…」  雅人さんは加藤さんと斎藤さんの前にジョッキビールをドドンと置いて  「柊真(しゅうま)もビールでいいよな?」  「あ、お願いします。」  しゅうま  そう、結城 柊真先生。  時々、ノートの端に名前書いたりしたっけ…  懐かしい名前の響きにこそばゆい気持ちになる。  「呼び捨て…雅人さんとセ…結城さんは親しいんですか?」  危うくと言いそうになって焦ったが、先生は気にする様子もなく直ぐに返答してくれた。  「大学が同じなんですけど、サークルのOB会で一緒だったんです。」  「同じ大学の弓道サークルのOBっていう繋がり。もう全然やってないけど…はい、生一丁」  雅人さんがサーバーから戻って、ドンとテーブルにジョッキを置く。 そして、私にもグラスワインのおかわりを持ってきてくれた。  「え、あ、いやいや、手伝います…」  私はそう言って、空いた自分のお皿を片付けようとすると  「もう飲んでるし、今日はいいよ。」  と、雅人さんがササっと皿を持っていってしまった。  「じゃ、新たな出会いに乾杯ー!」  加藤さんは、もう半分以上飲んでしまっているジョッキを私たちに向けた。  『カ、カンパーイ』  先生と私は、妙なテンションの加藤さんに合わせてグラスを交わす。  そしてすぐに私と先生は視線が合って、お互い苦笑いをしたものだから、それが可笑しくて二人でクスクス笑ってしまった。  「なんだよ、二人、初対面のくせに仲いいなー…俺も混ぜてよー…」  斎藤さんが奥の席で子供みたいに口を尖らせている。  それがさらに追い打ちをかけて、笑いが止まらなくなった。  先生も私も、加藤さんと斎藤さんの独特な空気感と、彼らのマイペースさを知っている。おそらく先生は、私の加藤さんに対する苦手意識を察して、私の隣に割り込む形で座ってくれたのだと思う。苦笑いも、また然り。  「もう一人飲み仲間いたんですけど、年度末で異動になっちゃって。」と先生が残念そうな顔でそう言った。  それからコッソリ「その人がこの二人の扱いが上手かったんですよ。」と私に耳打ちした。  急に距離が縮まり、肩がぶつかってドキっとする。  「あ、その方、製薬会社の高橋さんですか?」  「そうそう知ってます?彼とはけっこう気が合って…」  共通の知人がいたことで、思いがけず話が盛り上がった。  そこに時々、加藤さんと斎藤さんが話に乱入してきて親父ギャグを連発する。楽しそうにしている二人を横目に、私たちはまたクスクス笑った。  「あぁ、久々にこんなに笑ったな…」  先生はそう言って、眼鏡を外して目をこすった。  あ…眼鏡…  眼鏡を外した先生の横顔を見て、私はあの日のことを思い出した。
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