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筋肉痛とヨッパライ
夏帆さんが二杯目を飲み干した後で、先生がやってきた。
「あれ、紗雪さん今日はどうしたの?」
先生は、カウンターに座って飲んでいる私を見て不思議そうに、でも爽やかな笑顔で聞いてきた。
夏帆さんがサプライズで会いたいっていうから、連絡していなかったのだ。
「お疲れ様です。あ、えーっと、こちらクリニックでお世話になっている先輩の夏帆さんです」と、先に夏帆さんを紹介をした。そして、自分の体のことをすっかり忘れて椅子から降りてしまって、イタタタ…と腰を曲げた。
「え?大丈夫?」と先生は私の肩に手をポンと乗せた。
決して悪気などはないのだが、そのポンすらも今の私の体には響いてしまって、悶絶する。
「あ、この子、全身筋肉痛で今日休みもらってます。どうも、はじめまして」
私の代わりに夏帆さんが先生に説明してくれる。
「え、あぁ、筋肉痛なのは聞いていたけど、ここまでとは…ゴメン…」
先生は私にそう言って、肩からそっと手をよけた。そして、改めて夏帆さんに「はじめまして、結城です…夏帆さんの話は聞いていたので、お会いできて嬉しいです」と言うと、私が椅子に座るのを手伝ってから、自分も私の隣に座った。
「あ、ありがとうございます…」
「ふふふ、まだ若いのに」
「なにぶん6年ぶりだったので…」
「早く治るといいね」
そんな私たちの取りを見て、夏帆さんは目を細めてニタニタ笑っている。
「次はワインにしちゃおっかなー…あれ、拓士くん来ないね…」と、夏帆さんは店を見渡す。
私も、イテテと言いながら体を捻って、いつも暇なときに立っている場所に目をやると、そこでボーっと立っている拓士と目が合った。
拓士は、ハッとした顔で直ぐに「あ、すみません、ご注文ですね」とやってきた。
夏帆さんがご機嫌でボトルで白ワインを頼んだ。
「あ、どうも先生…いらっしゃい…」と、拓士が先生に笑顔で話しかけた。
「こんばんは、不破くん」と、先生はビールを頼んだ。
「ボトルワインって…夏帆さんが酔いつぶれても私こんなだし、連れて帰れないですからね…彼氏さんには連絡してますか?」と、しっかりしているうちに注意しておく。
夏帆さんは、三度目のトイレの後から、豹変する。
なので、二度目のトイレで彼氏さんに連絡して迎えに来てもらうか、タクシーを呼んでおくというのが、クリニックの歓迎会で教わった夏帆さんの取説の第三項だ。第一項は”口は悪いが悪気はなく、愛情深い人間ですので怖がらないで”というもので、第二項は”お腹が減ると機嫌が悪くなります。チョコレートで改善します。”というものだった。
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