先生のメガネ

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先生のメガネ

 結城先生が新任でやってきたのは、私が中二の時だった。  上背がある細身の体に、眼鏡の奥の二重瞼の優しい目、鼻筋の通った端正な顔立ちの新卒の22歳。若い男性の先生だ、多感な時期の女子生徒にモテないはずがない。  担当教科は社会科。先生は、教科書を音読して大事なところに蛍光マーカーを引かせるだけというような野暮な授業はしなかった。生徒に考えさせて、意見を尊重し、メリハリのある授業をした。私にはそれが新鮮で楽しかった。 先生は優しいながらも、もちろん時には厳しかったし、そういった生徒の恋心に対する部分に関してはしっかり線引きをしていた。  二学期が始まる頃、一部の生徒の間で『先生が女の人と歩いていた』という噂が出回った。それが『先生には彼女がいる』という噂に置き換わって広まりきった頃には、女子生徒たちの熱も次第に冷めていった。  そして先生は、私が三年に進級しても社会科担当で、さらにクラスの副担任になった。  そんなある日の放課後、教室の掃除担当の先生を呼びにいった時の事。  先生は社会科資料室の隅で居眠りをしていた。  私はいつまでもその寝顔を眺めていたいと思ったのだけれど、ずれ落ちそうな眼鏡が気になって、ついうっかり先生の眼鏡を外してしまった。  自分の手元にある先生の眼鏡。  つけてみたいという衝動に抗えるはずがなかった。  こっそりつけてみると、ほんの少しボヤッとしたがそんなに度数は強くなかった。  先生はこのレンズを通して世界を見ているのか…と思いながら微笑ましい気持ちで、ふと先生を見ると、先生はすっかり目を覚ましていた。  「どうしたの…あれ、眼鏡…」  背筋が凍りついた。  先生は少し目を細めて、私の顔をマジマジと見る。  「松岡?」  私は名前を呼ばれたことで、慌てふためいた。眼鏡を外して「すみません」と先生に返そうとしのだが、あまりに慌てたものだから眼鏡を落としてしまった。さらにその眼鏡の落下位置に私の踏み込んだ足の爪先が見事に当たり、眼鏡を蹴ってしまった。先生の眼鏡はすごい勢いで床を滑り、カシャンという音を立てて壁に激突して動きを止めた。眼鏡は、見るも無惨にフレームからレンズが外れてしまっていた。  私は全身から血の気が引くのを感じた。  「あ…」  「ご、ごめんなさい…」  私は震えた声で、どうにか謝罪の言葉を口にして、壊れた眼鏡に駆け寄って拾いあげた。  レンズは外れただけのようで割れてはいないようだが、細かな傷は入ってしまっただろう。  フレームは片側が折れてしまっていた。  私は浅はかなイタズラをした恥ずかしさと、やらかしてしまった失態に、いたたまれない気持ちでいっぱいになる。  私はそのまま壊れた眼鏡を見つめて、謝罪の言葉を繰り返した。
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