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「先輩の家こっちなんですね、俺の家そっち曲がった先…路線違うけど意外と近かったんですね…」
「そうなんだねー…」
「じゃあ、またタイミングあったら送りますよ…」
「うーーーーーん…」
「またそうやって嫌がる…先生ってそんなに小さい男?俺は付き合ってても、相手の交友関係までは口出ししたくないけどね…」
”それは、その相手に本気じゃないからなんじゃないの”喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「先生がって言うんじゃなくて、私が嫌なの。私が逆の立場だったら嫌だから…」
私が静かにそう言うと、拓士は「そっか…」と言って黙った。
あぁ、この変な貸し借りの関係、どうにかしないとなぁ…
そう思いながら、運転する拓士の横顔をボーっと眺めていると、また、私のお腹がグゥーっと盛大に鳴ったので、拓士が笑って、手近なコンビニへ寄ってくれた。
「じゃ、カラアゲちゃん先輩の奢りで」
「ハイハイ。」
私たちがレジを済ませて店の外へ出ると、ちょうど店に入ろうとしていたスーツ姿の男女のカップルにぶつかりそうになった。
「あっ…ごめんなさ…」
その瞬間、ふわりと私の大好きなサボンの香りがしてハッとした。
「え?紗雪さん?…――不破…くん?」
私はあまりに驚きすぎて、手に持っていたスマホを落としそうになった。
先生も驚いた表情で私と拓士を交互に見つめる。
「結城さん」
先生なんでこんなところに?隣の女性は誰…?
生徒のゴタゴタがあってとLINEが入っていたのに…
そう思って、私は先生の後ろにいる大人の女性にチラリと視線をやった。
あ…
私が気づくが先か、その女性が気づくが先か、お互いに名前を呼び合った。
「皐月先生?」
「松岡さん?すっかり大人っぽくなってー…結城先生とお知り合いなの?」
「あ…はい…」
皐月先生は、私の高校時代の塾の個別指導の先生だった。
皐月先生は30歳くらいで、美人で艶のある魅力的な先生で、塾生の男の子たちの間でも人気の先生だったが、私はちょっと苦手だった。
二人がどうしてこんなところに?どんな関係?まさか…元妻ってことはないよね…?
私が一人で部屋で待っている間、ずっと二人でいたの?こんな遅くまで?
私は、モヤモヤとした黒い感情が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。
それでも皐月先生と、久々に会った知人と交わすようなありきたりなやり取りをする。
先生は表情を変えることなく、ただ黙ってその様子を見ていた。
拓士がそんな先生に声をかけた。
「一応誤解がないように言いますけど、俺は先輩が店の前で変なおっさんに絡まれてたから、それを助けて送ってるだけですよ?」と伝えた。
私は先生と皐月先生の関係が気になって、自分の状況になど気が回らなかった。
「あの、先生…」
皐月先生が、先生の腕に触れて、なにかを訴えかけるように見つめた。
先生は特にその手を気にも留めず「あぁ、そうですね」と応える。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、触らないで…
そう思ったが、私は何も言えずに、その先生の腕に添えられた手から目をそらした。
醜い感情に支配されて何も言えず、私はギュッと唇を噛んだ。
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