其々のオモイ

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》》》on the Natsuho side  紗雪は可愛い。  真面目で素直。  性格のひねくれた私には、眩しい存在だ。  そんな紗雪の存在に、私はいつも救われている。  私は、大概のことは何でもそつなくこなすが、患者対応は苦手だった。  何を言っているのかわからない耳の遠い頑固な年寄り、騒がしい子供、それを注意することもしない非常識な親。待合室はいつもそんな人たちでいっぱいだ。  ”自分と関係ない他人が、どんな人生を歩もうが関係ない。”  紗雪と出会うまでの私はそう思って生きてきたから、待合室の患者たちなどに興味はなく、ただただ、日々淡々と受付と会計をしていた。  でも紗雪は違った。  何に困って受診するのか、どこからどうやって来ているのか、生活に困窮していないか、優しい丁寧な挨拶プラスアルファで話す世間話から、ちゃんとその人となりを知ろうとする。  時には厳しく子供を叱ったりもする。  そして、謝罪の天才。  待たせる時間が長くなって怒っている患者さんに対しての謝罪がピカイチだ。  院長夫人の看護師長はいつも「あの子、看護師じゃないのが惜しいわ」と言っている。  紗雪は優しい。  優しいが故、自分を押し殺して相手の気持ちを汲みすぎる。  それが紗雪の悪い所。  たぶん俊介とやらがそうだったように、今までろくな男と付き合ってこなかったんじゃないかな…と、これは私の勝手な予想。そして、私の予想はけっこうよく当たる。  ”守ってあげたい”  私にとって、紗雪はそう思わせるを持っている。  それと同時に、私に足りないを私に与えてくれる。  紗雪との出会いは、私を変えた。  私にとって、紗雪はとても大切な存在だ。  先日、ずっと気になっていた紗雪の新しい彼氏に会うことに成功した。  中学時代のなんだとか…  私は会ってすぐに安心した。  あぁ、彼なら大丈夫。お似合いだと。  二人を取り巻く空気が、暖かく穏やかで、心地よかった。  つい嬉しくなって、お酒がすすんでしまって、かなり迷惑をかけてしまったようだが…  まぁ、おかげで素直になれて、喧嘩していた彼とも仲直りできた。  新婚旅行はラスベガスだと言い張るアイツに「新婚旅行はそれでもいいけど、フランスにも連れて行ってくれよ」と、譲歩することが出来たのだから。  そもそも、プロポーズもされていないのに何故そんな話になったんだ… くだらなさ過ぎて、自分でも笑える。  あの日、酔っぱらっていい気持ちだったのだが、少々胸騒ぎがした。  それは拓士くんの紗雪を見る目が、明らかに好きな人へ向けられたものだったから…  私の見立てが正しければ、拓士くんは肉食男子で押しの強いタイプだ。 そして、それを理由に一波乱くる気がしたのだ。  案の定である。  私が紗雪に言ってあげられることは「相手の気持ちばかり汲みすぎるなってこと…もう少し、自分本位でもいいんだよ…」ということ。  私は逆に、紗雪を見習わないといけない…  自分本位でばかりじゃダメだってこと。  私たち、足して二で割ると丁度いいのかもしれない…  いや、私は素直じゃないから割り切れないな。余りが出る…  「ねぇ、紗雪。何かあったら、いつでも私のところ来ていいからね…」  私は、終業後、紗雪にそう声をかけて送り出した。  暦も6月に入り、日中の暖かい日が続いている。  今日は半ドン。  太陽が丁度一番高い位置にきている。  私の腹の虫が騒がしい。  今日は一人でチキンバーガーでも食べて帰るか…  私はヘアークリップを外し、ひっ詰められた髪の毛を開放して、大きく息を吸った。  「紗雪ー!頑張れよ!」  反対方向へ歩いていく紗雪に大きく手を振った。  紗雪は遠慮がちに笑って、私に手を振り返した。 《《《
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