183人が本棚に入れています
本棚に追加
/114ページ
同僚のナツホさん
土曜日、クリニックの最後の患者の会計を済ませて、入口に”本日の診療は終了しました”の札を出してカーテンを閉めた。
パートの看護師たちは「腹ペコの子供が待ってる」と、そそくさと身支度をして帰っていった。院長も、師長も「お疲れ様、適当に閉めて帰ってね」と言って、自宅の方へ帰っていく。終業時はいつもこんな感じで事務だけが取り残される。
時計に目をやると、13時をとっくに過ぎていた。
今日は18時から結婚式の二次会の貸し切り予約が入っている。
私は「3時間は休めるな」と思って残った仕事を急いで片付けた。
「夏帆さん、終われますか。」
同じ事務の夏帆さんは私の二つ年上の先輩だ。
少々幼稚な一面もあるが、基本はとても頼りがいのある姉御肌で、公私ともに仲良くしてもらっている。
夏帆さんはヘアクリップを外して、緩やかなウェーブヘアを手櫛でとかしながら「終わった終わった、腹ペコだわ。」と言った。
そして直ぐに「今すぐに昼ごはん食べたい」と言いだしたので、私たちはクリニックの近くにあるKFCに寄ることにした。
結婚式の二次会は、もう出来上がった人たちばかりを相手にしなければならないので、体力と気力の勝負だ。本当は家で少しでも休みたかったのだが、大好きな夏帆さんのご要望とあれば断ることはできない。
満腹になった夏帆さんは、ご機嫌な様子で「最近どうなの」と聞いてきた。
もしかしたら、私の最近の浮き沈みを察してのことなのかもしれない。
夏帆さんは鋭い洞察眼を持っている。
元彼に浮気されて別れた時も、私の落ち込みをすぐに察して慰めてくれた。 そして「そんなゲス野郎のことで悩む時間がもったいない」と言って、励ましてくれた。
それにどれだけ救われたか…
私は、口に含んだポテトをオレンジジュースで流し込んでから先生のことを話し始めた。
「それは、もう恋の再燃だね。」
夏帆さんは飲んでいたコーラのストローを噛んでニヤリと笑った。
そして「でも、既婚者かもしれないから…恋だと認めたくないって気持ちもわかるなぁ。」と続けて、さらに「既婚者だったらそれは諦めないと…傷つくのは自分だからね。まずはそこから探りを入れねばなるまい。年齢差なんてのは、成人してれば10も20も関係ないからね。」とかっこよく言い放った。
夏帆さんの助言は的確だ。
そう、まずは結婚しているのかを確認しなければ…
それでもし結婚していたら…再び芽吹いたこの小さな恋の芽を摘むしかないのだ。
その時は、また夏帆さんに慰めてもらおう。
「次会ったら、聞いてみようかな…」
「おう、骨は拾ってやるから安心しろ。」
夏帆さんはコーラを飲み干すと、ストロー付きの蓋を外して氷をバリバリ食べだした。
見た目と言うことは大人でまともなのに、行動が少々子供くさくて、そのギャップが私はたまらなく気に入っている。
夏帆さんには今、三つ年下の恋人がいて、彼とは二年目の付き合いだと言っていた。
素の自分を理解してくれる貴重な存在だと話していたことがあったっけ…
前の彼氏には「思ってたのと違う」と振られたとか…なんとか…
別れるときには、もちろん「勝手に外見だけで判断して、勝手に幻想みてんじゃねー!」と怒り散らしたに違いない。
敵にはしたくないタイプだが、味方にいれば最高に心強い。
「夜もバイトなんでしょう?そろそろ解散しよっか。」
そう言って、自分のトレイを手早く片付けて「また月曜ね。」と手をひらひらさせて、優雅に帰っていった。
あぁ、なんと小気味のいい女性なんだろう。
私はその華奢だが頼もしい背中を見えなくなるまで見送った。
最初のコメントを投稿しよう!