真夜中のカミングアウト

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》》》on the Syuma side  「前にどこかで会ったことありませんか」  こんなことを若い女性に聞くなんて、古い口説き文句のように思われそうで聞けなかった。いや、何とも思っていなければ聞けたのかもしれない。  実際に魅力的な女性(ひと)だなと思ったから、尚更聞けなかった。  二重瞼の愛らしい優しい目と、物腰柔らかな話し方が第一印象で、それからワインを飲んだり、食事をする所作が綺麗だと思った。  そして何より、惜しげもなく見せてくれる可愛い笑顔に、気づけば心が持っていかれていた。  同僚以外の女性と一緒にお酒を飲むのはどれくらいぶりだっただろうか…  離婚してから3年。  自分ではもう、とっくにふっ切れていると思っているのだけど、新しい恋のために踏み出す一歩がなかなか出せずにいた。  離婚して直ぐは、気を紛らわせるためにも同僚からの誘いや、友人からの紹介で付き合い程度には遊んだけれど、それだけで長続きはしなかった。  そして、1年が過ぎたころにはそれすらも煩わしくなって、一人でTesoroに来て、気の合う常連客やマスターの雅人さんと過ごす時間が憩いとなっていた。  そんな潤いのない日常に、不意に紗雪は現れて、歪んで建付けの悪くなって開かなくなった心のドアを、紗雪はいとも簡単に開けてしまったんだ。  会えば会う程に惹かれていった。  守ってあげたいとも思った。  それに、紗雪が俺を意識してくれていることに気づいてしまった。自惚れかもしれないけど、俺を見つめるその瞳から、抑えきれない気持ちが溢れているように見えた。計算でそんなことする様な女性(ひと)じゃないのはわかっていたし、それが計算だったなら女優になった方がいい。  惹かれ合っていると気づいてしまったら、もう歯止めがきかなくなっていた。  年齢を知って、紗雪があの時の生徒だって気づいた時にはもう遅すぎた。  ーーー9年。  あの時には大人と子供を分かつ程だった年の差は、縮まりこそしないが、着実に埋まっている。     そして、今一番の気掛かりは不破くんの存在だ。彼は十中八九、いや、間違いなく紗雪に好意を寄せている。  彼は中学の頃、積極的で快活な生徒で、真面目で努力家だけどそれを感じさせないくだけた性格で、クラスの人気者だった。  まさか、元生徒と恋人になるというだけでなく、別の元生徒と恋敵にまでなろうとは思いもよらなかった…    「柊真さん?ボーっとしてどうしたんですか?まだ眠い?」     昼過ぎに目覚めて、朝食なのか昼食なのかといった状態で、目覚めのコーヒーと、トーストをかじっているところだった。    「あぁ、うん、ゴメン。考え事してた…」  どうして一時(いっとき)でも、紗雪を手放してしまおうかなんて考えることが出来たのだろう…    俺は紗雪の頬をそっと撫でた。  紗雪がフフフと俺の手に自分の手を添えて、嬉しそうに目を細めて笑う。そして俺もそれにつられて笑った。 《《《  
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