真夜中のカミングアウト

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 先生が「立ち入った話だけど…紗雪のご両親は、離婚しちゃったの?俺、無神経に松岡って呼んだりしちゃったけど…」と、食器を片付けながら尋ねてきた。   「私が高校卒業した年に…」と、私はテーブルを拭きながら答えた。  「そっか…大変だったね…」  「いえ、もう親の離婚で騒ぐ年じゃありませんでしたから」  「いや、そんなことないでしょ…」  「いえ本当に、うち場合は円満離婚ってやつで、今でも時々連絡取り合ってるみたいなので…」  「そうなんだ!」  先生は私の話を聞いて、複雑な表情をした。  円満離婚に何か思うところがるのかもしれないなと、瞬時にそう感じた。  「柊真さんは、元の奥さんと…連絡は…とってないんですか?」  私は、カウンターに移動して、思い切って聞いてみた。    「連絡は取ってないけど…」  そう言った先生の視線が少しだけ揺らいだのを私は見逃さなかった。  「けど、何ですか?」  口調が少しだけキツくなってしまったことに、自分でも驚く。  「この間の研修でバッタリ会っちゃって…」  「え…」  研修って、この間の帰りに実家寄ったっていう時の…?  「本当、ただバッタリ会って挨拶程度に話しただけだけど…」    「…そうですか…そうですよね」と、私は俯いた。  「言った方が良かった?」  先生は片付ける手を止めて、私の機嫌をうかがうように私の顔を覗き込む。  私は首を横に振った。  聞いたのが今だからまだ落ち着いていられるけど、あの会えない日々のあの状況で聞かされていたら、まともな精神でいられた自信はない。だから、言わないでいてくれて良かったと思う。それなのに、やはりどこか煮え切らない感情が湧きあがってくるのはどうしたものか…  「同じ教職員ですから、仕方ないことですよね…」  先生は俯いたままでいる私の手を握って、優しく自分に引き寄せた。    「話ができたのは紗雪のおかげなんだ…紗雪と付き合ってなかったらきっと、声かけられても無視していたと思う…」  「え?」  「"俺は今、可愛い彼女がいて幸せです"っていう心の余裕があったから、話すことができたってこと。彼女を見ても、なんの感情もわかなかった。嫌悪も憎悪も…時間はそれなりに心を癒してくれたけど、紗雪の存在はそれ以上に大きいんだよ」  先生は私をぎゅっと抱きしめて「だから、紗雪は何の心配もしなくていい。」と、額に優しくキスをくれた。  先生は私の不安を瞬時にかき消す魔法が使えるに違いない。  先生の言葉一つで、さっきまでの不機嫌は消え去って頬が緩んだ。    「俺のこと信じてくれないの?」と、先生は悪戯に笑った。  私は「信じてます」と先生の背中に手を回し、胸に顔をうずめた。    「夏休み入る前の週末でどこか温泉でも行こうか…休みとれない?俺らデートらしいデートしてないよね…」  思いがけない素敵な提案に、私のテンションは急上昇。  「行く!行きたいっ!」    先生は喜ぶ私の顔を見て、ハハハっと声を出して笑った。        
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