183人が本棚に入れています
本棚に追加
紗雪のユウウツ
週末、私はまた先生の部屋に転がり込んだ。
リョウタは、あの日から家出することなく、落ち着いて過ごしているという。そして「サユキは元気?」と、時々こっそり聞いてくるらしい。
可愛いやつ…と、少しくすぐったい気持ちになる。
先生は、リョウタが私に自分のことをさらけ出せたことが良かったんだと言った。友達でも、親でも、先生でもない紗雪に気持ちを理解してもらえたってことが自信になったのかも…と。そして、自分の生徒とそんな風に関わってくれてありがとうと、感謝された。
私はただ、部屋に戻れなくなって、リョウタが先生が戻るまで一緒にいてくれた…というくらいにしか思っていなかったため、改めて感謝されると何だか照れくさくて仕方がない。それでも、リョウタの気持ちが落ち着いて、抱えているものが軽くなったのなら良かったと、安心した。
リョウタの一件は落ち着いても、先生はまだ忙しいらしい。私は、先生の持ち帰りの仕事の邪魔にならないように、静かに小説を読んで過ごした。
静寂な部屋で、先生がパソコンをタイピングする音と時計の秒針の音が心地よく聞こえる。そして時折、私が小説のページをめくる音がそこに加わり、ゆったりとした時間が流れていく。
同じ空間で、互いの存在を感じながら別のことをするという時間もまた愛しいものだ。
そんな静寂を打ち破って、先生のスマホが鳴った。
先生は私に「ゴメンちょっと出るね…」と言ってスマホをもってソファーから立ち上がり、二、三歩離れて電話にでる。
「はい……皐月先生?どうかされました?」
私はその名前を聞いて、ハッとする。
休日に何の用があって電話してきたのだろう…と、心がざわついた。
私は、気にしないように小説に目を落とすが、何度も何度も同じ行ばかりを読んでしまってちっとも集中できない。
チラリと先生の方を見やると、先生は困り顔で「えぇ…はい…」と相手の話を聞いている。
「えーっと…今日、明日は予定あるので…申し訳ないですけど無理ですね…」
そう言った先生とパチリと目が合った。
何かの誘いに違いない。
先生はややバツの悪い表情を浮かべている。
「月曜日、学校でなら時間作りますけど…」
私は小説を閉じてキッチンへ行き、コーヒーメーカーをセットした。
小説はちっとも内容が頭に入らないし、じっとしていられなくて、体を動かしたくなったのだ。
グァテマラコーヒーの香りで少しだけ心を落ち着かせる。
「はい…はい…わかりました。では、月曜に…」
電話を切った先生は「ごめん、皐月先生だった…リョウタの件から悩んでるみたいでさ…」と困り顔で小さくため息をついた。
皐月先生は、先生に悩みごとの相談をしているのだろう…
あのコンビニでの様子からして、皐月先生は先生に好意をもっていると思う。
私は心がざわつくのを感じた。
そして、朝から感じていたお腹の鈍い痛みが徐々に強くなる。
最悪だ…
最初のコメントを投稿しよう!