紗雪のユウウツ

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 私はコーヒーを二つのカップに注いでリビングテーブルに持っていく。先生は「ありがとう」とソファーに腰を下ろし、私もその隣に座ってコーヒーをひと口啜った。そして「皐月先生の相談に乗っているんですか?」と乾いた声で先生に尋ねる。  「…うん、学年主任だからね…それも仕事だから」  「そうなんですね…」  「でも、休みを返上してまで個人的に同僚の相談に乗るほど、俺はお人好しじゃないかな……生徒のことなら別だけどね…」    その返答に私は少しだけ安堵した。  先生のことを…先生の気持ちを信じると、先週話していたばかりだ。不安になる必要なんてない…  私は自分にそう言いきかせた。  「そうだ、紗雪とつきあってること皐月先生に言ってもいい?紗雪も知り合いだし、一応確認」  「もちろんです!むしろ言って欲しいです…」  「わかった。ちゃんと言うね…」  先生がそう言ってくれたことに、ちゃんと敬遠してくれるんだなってことに、少しだけ気が休まった。  それはそうと、私も拓士のこと先生に言わなければいけない…  私は重たい口を開き「実は私も話があって…」と、拓士から告白されたことを話した。  すると先生は、驚くでもなく「そっか…」と言った。  え?それだけ?  意を決して言ったのに、先生のそんな反応に私は拍子抜けした。  「不破くんが紗雪のこと好きっていうのは何となく気づいていたから…」  そう言って、先生は切なげに笑った。  「たぶん、気づいてないの紗雪だけじゃないかな…雅人さんも夏帆さんも気づいていたと思うよ…」  先生にそう言われて私は驚いた。  「嘘…」  「本当。紗雪はもう少し警戒心を持って欲しいな…素直すぎるから、ちょっと心配…」と、先生は静かに言った。  警戒心?素直?  「どういうことですか?」  私は訝しく思って先生に尋ねる。  「紗雪は自分で思ってるよりもずっとモテるってことを自覚して欲しいなって…不破くんは別としても、気を引くために姑息な手を使う男もいるからさ…」  先生は私を心配して言ってくれているのかもしれないが、何故だかそれが(かん)に障った。  「そんなこと言ったら柊真さんだって…」私は先生の言葉に、間髪入れずに続けた。  「え?」  先生は少し驚いた様子で、私を見つめた。  「柊真さんの方がモテますよ?ちゃんと意識してください…柊真さんは優しいから、勘違いしてその気になっちゃう人絶対います…皐月先生だってきっと…」  私は少しムキになって、声が震えた。  先生は目を(しばた)かせ、それから困惑した様子で「……わかった……お互い、気をつけよう…」と、私を(なだ)めるようにそう言って、顔を覗き込み、私の手を握った。    「私、拓士には、ちゃんと無理だってキッパリ伝えましたよ…」私はまだ不貞腐れ気味にそう言った。  「そっか、それはツラかったね…ゴメン、紗雪も困ったよね…わかってるよ…」  先生はそう言って、私の肩を抱き寄せる。    先生は優しい。  感情的にならずに、受け止めてくれる。  それに比べて私はこんなちょっとしたことで…  この前の元妻のことといい、皐月先生のことといい、私はどうしてこんなにも感情的になってしまうのだろう…すごく稚拙で恥ずかしくなる。  それに、拓士のことは、確かに先生の言っていることは正しい。弱みに付け込まれて、拓士の誘いに何度か乗ってしまったのも事実だし…拓士の好意を無下にできずに甘えてしまったこともあったかもしれない。  それでも、"実はやきもち焼きなんだ"と言った先生が嫌な思いしないようにと、拓士とは自分なりに線を引いてきたつもりでいたし、拓士の告白にもちゃんと向き合ってハッキリ断ったのにな…  私はだんだんと痛みが増すお腹に手を当てて、身を屈めた。  
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