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月曜の晩、先生から電話がきた。
皐月先生の相談事を聞く予定だと言っていたため、私は朝から少し心落ち着かなかった。
たぶん、用件はそのことだろう…
『もしもし紗雪?起きてた?』
「起きてましたよ、まだ21時です」
『ハハハ、そうだね…』
電話口から、ジャラっと鍵の音が聞こえた。部屋の鍵をいつもの定位置に置いた音だ。私はその音を聞いて「今、帰ったんですか?」と尋ねた。
『うん…疲れたー…』
そう言いながら、ネクタイを緩める先生の姿が目に浮かぶ。
「残業、お疲れさまです」
『ありがと…』
私は、何か言いたげな先生の沈黙を察して、黙って先生の言葉を待つ。
『皐月先生に、紗雪のこと言ったよ…』
「…何か言ってました?」
『うん…驚いてた。でも、紗雪の塾の時の話とか教えてくれて…』
私は先生のその言葉を聞いて、なんだか嫌な予感がした。
『紗雪がモテてた話とか…付き合っていた人の話とか教えてくれたよ…』
「えー…」
確かに、同じ塾内で付き合っていた彼はいたけど、まさかそんな話をされるとは思っていなかった。というか、そんなことよく覚えているなと、ある意味感心してしまう。
あまり考えたくはないが、もしかしたら私のイメージを下げようとしているのかもしれない…
先生に好意を寄せているから、私の印象を悪くして仲違いさせようとしている?
でもそうじゃないと、今の彼にそんな元彼の話なんかしないと思う。それか、私のことが大嫌いなのかのどちらかだ。
もし私が逆の立場なら、今の彼氏にそんな過去の男がらみの話…いや、男がらみじゃない話でも、絶対しないのだけど…
そう思うと、ジワジワと腹の底に怒りが湧いてくる。
ほんの数秒の私の沈黙に、先生は何かを察したようで『大丈夫だよ、皐月先生の話を鵜呑みにはしてないから…』と言った。そして『それに…』と続ける。
『聞いてもいない他人の過去をペラペラ話すなんて人として信用できないよね』
先生は声色を変えずにサラリ言った。
私は先生のその言葉に、キュンと胸が締め付けられて、気づけば「…好きぃ」と、声が漏れていた。
先生はアハハと豪快に笑い『俺も好きだよ』と返してくれた。
ちゃんと、わかってる。
わかってくれている…
皐月先生にどんな話をされたのかは知らないけど、先生は他人の言葉なんかに惑わされない。
だからといって、人の言葉に耳を貸さないわけではなくて、信頼できるものとそうではないものとをちゃんと線引きしているのだ。
そのことに改めて気付かされて、私は心底、先生を尊敬する。
皐月先生には申し訳ないが、先生が皐月先生に気を許すことはないだろう。皐月先生の思惑通りにはいかないのだ。
ただ、皐月先生ってばナイスバディなんだよなぁ…
先生との電話を切って、私は自分の胸に視線を落として漠然とそんな事を思った。
なんだか悔しくなった私は、とりあえず毎日寝る前に腹筋25回2セットと、バストアップトレーニングをすることを心に決めた。
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