水族館とオモイデ

1/8
前へ
/114ページ
次へ

水族館とオモイデ

 7月の第二週目の土曜日、夏帆さんに頼んで休みをもらった。  小さなクリニックだといっても、一人でも人員が欠けるとなると、なかなか大変なのだ。  土曜日に来院する患者の大半は子供や社会人で、半日で終診のため、そこそこ混雑する。それでも皮膚科は緊急性の高いものが少ないためか、給料日後が混むので、第二週目の土曜日はそれほど混まない予想だ。まぁ、その時々なので確実とは言えないが…  そんな事情を抱えているため、少々言いにくかったのだが、夏帆さんは「お土産、忘れないでね」と快く休むことを許してくれた。 *  7月も半ばに差し掛かり、北海道にも夏がきた。昨日なんかも三十度まで気温が上がり、急な夏到来によって数名が熱中症で運ばれたというニュースを耳にした。気温の上がり方が急すぎるのだ。  でも、私はやっぱり夏が好きだ。あちこちで可愛らしいお花が見られるし、なんと言っても日照時間が長いのがいい。そして、服も明るい色のデザインのものが多いから、気分も上がるのだ。  車で二時間程の温泉の街への一泊旅行。  私が先生から知らされている旅行の情報はそれだけだった。ホテルの手配も、スケジュールも全部先生が任せてと言うので、私はただ先生の立てたプランに乗っかるだけだ。なので、ホテルの前にはどこに行くのか、ホテルはどんな部屋なのか、何も知らない。  先生と一緒なら、私は地獄の果てまでついていくつもりなので、どんなプランでも平気なのだが、何も知らされないというのはさすがにドキドキだ。    旅行の前日、私は遠足前の子供みたいにワクワクしてなかなか寝付けなかった。  あまりにも落ち着かなくて、着ていく服や持ち物を確認のために三回も鞄から出し入れしたくらいだ。  先生とはなんだかんだ色々なことがあったのに、約束をしてお出かけをする…つまりデートは初めてなので、少しばかり気合が入る。  服はブルーグレイのシフォン素材のワンピースにして、白いフラットなパンプスを合わせた。そしてメイクはいつも通りにして、少しだけ目元にラメを追加した。  準備は万端。私は一泊分の荷物が入ったボストンバックを持って、外に出て先生のお迎えを待った。  天気は快晴で、空の青さがとても眩しくて目に染みる。  今日も暑くなりそうだ。  私は鞄から、茶色の包みに水色のリボンがかけられたギフトボックスを取り出した。先生への贈り物だ。  私は先生に俊介のことのお礼がしたいと思っていた。だけど、何をあげたらいいのかと、悩みに悩みすぎて先延ばしになってしまっていたので、今日はそれを渡そうと思って持ってきたのだ。今回の旅行の手配も何から何まで任せきりだったので、そのお礼も兼ねてのものだ。  先生はきっと、どんなものをあげても喜んでくれるのだろうけれど、いつも傍に持ち歩いてもらえると嬉しいなと思って独断で選んでしまった。  先生の誕生日は2月だから、まだまだ先だし…俊介の一件のお礼にしては遅すぎるのだけれど…受け取ってくれるよね…?  私は、ギフトボックスを鞄の奥にしまい、喜んでくれるといいなと思って頬を緩める。   約束の時間の15分前、私はソワソワしながら先生の到着を待った。
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

183人が本棚に入れています
本棚に追加