水族館とオモイデ

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 見慣れた黒のSUVが、マンション前のいつもの場所に停まった。  私はその車に駆け寄って、窓から運転席を覗きこむ。すると先生は、助手席の窓を開けて爽やかな笑顔で「おはよう、早いね」と運転席から降りてきた。そして「車で使うものなかったら、後ろに乗せちゃうね」と私のボストンバッグを受け取って、後部座席に乗せてくれた。  それから先生は私の全身を見て、微笑みながら「ワンピース…いいね」と、眼鏡を直した。  先生が照れながらも褒めてくれたことが嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。  先生は、白いシンプルTシャツにストライプの半袖シャツを羽織って、それにベージュのチノパンといったカジュアルスタイルで、言わずもがな今日も素敵だ。  私は促されるままに助手席に乗り込むと、カーステレオからはアップテンポな洋楽が流れていた。晴れた日のドライブにピッタリの選曲で、気分も盛り上がる。  「どこに向かうんですか?そろそろ行き先教えてください」  コンビニでお菓子や飲み物を買って、高速インターへ向かっているところで、私は先生に尋ねた。  先生は「そうだよね…」と行き先を教えてくれた。そこは、鬼や地獄谷で有名な温泉町。  「去年、宿泊研修の引率で行った時にいいなーって思ってね…」  「そうなんですね…引率かぁ…楽しそう!」  「あー…若い時は楽しかったけど、最近は体力と寝不足との戦い」  「えー?まだ若いのに…」  「ハハハ…」  遠慮なしに運転中の先生の横顔を見つめて、くだらない世間話に花を咲かせる。そんな時間も愛おしい。  ずっと続いていた山がひらけると、車窓から遠くに海が見えた。空の青さを映すように、海は負けじと空よりも深い青で、太陽の光を浴びて波打つ飛沫(しぶき)をキラキラと輝かせている。  「海!久々に見ましたー…そもそも旅行自体が久々で…」  「そうなんだ?…ダブルワークしてたら、なかなか遊ぶ暇なかったでしょ…」  「そうなんですよねー…でも、Tesoroで働くの楽しくて!それに柊真さんにも会えたし…」  私が照れながら話すと、先生は嬉しそうに微笑んだ。その先生の顔がとても愛しくて、抱きつきたい衝動に駆られるが、運転中なのでぐっと堪えた。    「途中でご飯食べて、水族館行こうかなと思ってるよ」  「水族館!?楽しみー!」  水族館…  先生と手を繋いで水槽を見て回ることを想像をして、テンションが上がる。    あぁ、楽しみ…  自然と頬が緩んだ。    早く手を繋ぎたいな…  もっと近くに寄り添いたいな…  先生は真面目に運転してくれているのに、私はそんなことばかり考えていた。  
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