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「ゆかりちゃん、また善意のたまごを貰ったんだって」 「いいなぁ、もう3個めだよね」 「あたしもなにか、善い事をするチャンス、ないかなあ」  マナミは両手を頭の後ろで組んで、空を見上げながら呟いた。    このところ、曇りがちの低い空を数羽の黒鳥が渡ってゆく。  カラスより少し大きな綺麗な鳥だ。    あの鳥、なんていうんだろう。  野鳥に詳しいお父さんに訊いてみようか。   「ささいな事でもいいらしいよ。空いてる花壇に花の種を蒔くとか、怪我をしたり迷子になってる動物を保護したり」  早苗が説明している。  善意のたまご、についてだ。    それは昨年ごろから動画配信サービスMe Tubeで話題になりはじめた出所不明の環境保護プログラムの噂で、動植物や自然環境に善い事をすると、どこかから「善意のたまご」が届くというのだ。  ウズラのたまご程の大きさで色や柄は様々。  中はおそらく空洞で尖った方の先端に丸カンをねじ込めば、キーホルダーやストラップにも加工ができる。  あきらかに人工物だし、造り自体はちゃちな代物だが、アイドルや芸人、タレント政治家などが「善意のたまご」を集めてますアピールをしたり、また動機が明るいものなので自治体や学校単位でコレクションを推奨したりとちょっとした社会現象になりつつあった。  ただ、早苗はささいな事でもいい、と言っていたが、善い行いをすれば自動的に届くというわけではなく、たまごを貰える善行かどうかは届いてみるまで分からない。  しかも届き方はさらに奇妙で、巣から落ちたツバメの雛を巣に戻してやった子は学校の下駄箱に脱いでおいた靴の片方に入っていた。  ボランティアで荒れた山肌に木の苗を植樹した青年は、翌週出張で乗った新幹線の指定席に座ったら前の網ポケットにねじ込まれていたという。    人為的に配達することもギリギリ可能ではあるが、北海道でも沖縄でもたまごはさりげなく思いもよらない方法で届けられ、しかも配っている現場をみた者が誰もいないことから、妖精が配っているのでは、と誰かが呟いた言葉がいまでは真理を突いていると信じられている  ゆかりちゃんがどんな善を行って、そんな不思議なたまごを3個も手に入れたのかはわからないが、マナミは自分も絶対に善意のたまごが欲しかった。
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