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金切り声を挙げながら、玄関の引き戸は開いた。
連れてこられた一軒家の入ると、すぐに奥の部屋に案内された。
昨日ぶりにあった男の背中をゆっくりと追っていく。田沼、確かそんな苗字だったと記憶している。
木目を辿るように廊下を歩けばミシミシと悲鳴が上がるほど、その家は年季が入って古ぼけていた。掃除が行き届いていないのか、歩みを進めれば進めるほど足の裏には緻密な埃がどんどんと張り付いたし、時折顔を見せる障子戸には虫食いができたみたいにところどころ穴が開いている。
そんな時間に蝕まれたような家屋の果てに、その少女はいた。
田沼が建付けの悪い襖を開ける。舞台の幕が上がったみたいに、畳が数枚だけ並んだ和室が視界の中に飛び込んできた。部屋の奥には開け放たれた障子戸があり、そこからこじんまりとした裏庭が見えた。
その裏庭を眺めるように、彼女は縁側に一人ぽつんと座り込んでいた。薫風が吹いて、風鈴が揺れているかのように肩甲骨まで伸びる黒髪がふわりと舞った。
扉が開いたことに気が付いたのか、女の子は機敏な動きで身体を捻り、こちらを覗いた。
露わになったその顔を見たとき、僕は文字通り、時が止まったかのような感覚に襲われた。
「田沼さん、お久しぶりです。そちらの方は?」
溌溂とした声で女の子は訊いた。
「君のお世話係だよ」と田沼は答えた。
おいおい話が違うじゃないか、と僕が指摘するよりも先に、田沼はこちらを見てにやりと笑った。どうやら確信犯だったらしい、僕は頭を抱えてため息をついた。
「へえ」と女の子は呟き、ゆっくりと立ち上がった。真っ白なワンピースについた埃を手で払い、彼女はぎこちない足取りでこちらに近づいてきた。その足取りの重さは、人間に警戒心を抱いている子猫そのものだった。
見たところ、彼女の年齢は十二歳から十四歳といったところだろうか? 背丈は僕よりもはるかに小さく、僕は彼女と顔を視線を合わせるために少しばかり俯く必要があった。
互いの真っ黒な瞳が、しばらく空間の中で繋ぎとめられる。僕は息を呑んで彼女の言葉を待った。今後のことを考えたら彼女とは友好的な関係を築いていた方がよさそうだ、なんとなく直感でそう思っていた。
「よろしくお願いします」
意外にも、僕を警戒していたはずの彼女は、笑顔を浮かべながら僕にお辞儀をした。よほど育ちのよい子供なのだろう、どうやらこの女の子はその歳にして人と良好的な関係を築く術を知っているらしかった。
礼儀の良い子供に対し、とうに成人を迎えているはずの僕は戸惑いを隠せず棒立ちをしているしかなかった。彼女に「よろしく」と不愛想な返事を返したのは、田沼に力強く背中をどつかれた後だった。
それもまた、僕と玲奈の出会いだった。
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