再びの青

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「とある家屋の掃除を君に頼みたい」  それが田沼が僕に紹介してきた“割のいいバイト”だった。  明らかに不審な人物である彼を僕がここまで信じるようになったのは、彼がこの後に話した内容に起因していた。 「俺は借金返済の援助を生業にしてるんだ。それも時間と記憶を買ってできた借金のな」  そう言って彼はスーツの胸ポケットから一枚の紙切れを取り出した。それは彼の名刺であり、どうやら彼の言っていることは嘘ではないようだった。 「今更、何のようでしょうか?」と僕は訊いた。その言葉には「なぜもう少し早く僕の元を訪れてくれなかったのか」という意味も含まれていた。今更になって彼と出会ったところで、僕はもう自分の記憶をほとんど持たない抜け殻になっているのに。 「さっきも言ったとおりだ」と田沼は言った。「お前に割のいいバイトを紹介しに来たんだ。とある家屋の掃除をするだけで、それなりの額の値段は貰える。一日八時間働けば、俺の計算では一年もしないうちに借金は全て返せる見込みだ」  その話を聞いて、僕は耳を疑った。普通にバイトをしていたら、借金を返すのにあと三年はかかる見積もりだった。割りがいいどころの話ではない。 「どうする? やるか?」  しばらくの間、僕は回答を渋って頭を捻っていた。まだ、彼が詐欺師であるという可能性は目を瞑れないほどに残っている。もしかすれば、このまま最悪の労働環境で何十年もこきをつかわれることになるかもしれない。  ただ、このチャンスを逃したら、自分はあと何年も借金に囚われるかもしれないのもまた事実だった。 「わかりました。やります」  僕はボロ雑巾になってもいい覚悟で、彼の提案に頷いた。    
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