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ほとんど今くらい暑い夏、僕と彼女は神社の石段のてっぺんに座って風を浴びていた。青い空の下には作り物のような街並みが広がっている。規則正しく立ち並ぶ家々は、まるで倒されるのを待っているドミノのようだった。
「きっと、大人になったらこの記憶も偽物になってしまうと思う」
その日はちょうど空の頂上に登りつめていた太陽のように、僕の幸福感というのはピークに達していた。無限に続くかのように思えた夏休みを刹那的なものに仕立てたのは隣にいる彼女の存在だ。
参ったな、今年もこの夏が終わってしまうのかと思ったとき、僕はどうしようもない焦燥感に駆られてしまった。
「どうしたの、いきなり?」と玲奈は首を傾げる。
さっきまでの僕らは目が回ってしまいそうな夏の勢いにやられていて、「暑い」なんて言葉すらも吐けなかったはずだった。それなのに、その一言すらも通り越して僕の口は潤滑油を塗ったみたいにペラペラと動き始めていた。
「僕の脳は今やオオカミ少年みたいなものさ。あまりにも嘘が多すぎるから、後になって本当のことを言われたって、僕は彼を信じてあげることなんてできないんだ」
一体、このお話が彼女にどれくらい伝わっているのだろうか。彼女の頭の上に疑問符が浮かんでいることくらいはおおよそ予想がついた。
それでも僕が彼女にこの話をしたのには、誰かにこれ憂いを聞いて欲しかったという我儘に、少々の申し訳なさを加えていたからだ。
「なるほどね」
しかし、意外にも彼女は僕を見透かしたようにニヤニヤと笑い、こちらを向いてその掌をこちらに向けてきた。
「春樹くん、ほら、手を出して」
いきなりどうしたんだと、真っ白で小さな掌を前に僕は先の彼女のように首を傾げる。
「私たちの中にいる嘘つきに対抗するの」
嘘つき、彼女がそうやって表現したのは僕たちの脳みそに眠っている作り物の記憶のことだろう。
その時にやってようやく気が付いた。彼女もまた偽物の記憶に悩まされている人間の一人だったのだ。記憶や時間の売買が流行り始めた当時には、自分の財力よりも背伸びをしてそれらを購入する人間が多かった。田沼がしているような仕事ができたのもそのせいだ。
悪くない発想だ、僕は笑いながら彼女の手を握り返した。
瞬間、何もかも嘘くさかった現実ははっきりとした輪郭を持ち始めた。絵の具で塗りつぶしたような空は瑠璃色の光を放つ半円に変わり、レプリカのように安っぽかった街並みからは故郷の匂いが立ち込み始めた。そして、隣に座る彼女は、言葉を話すマネキンから血の通った幼馴染になった。
「どう? 覚えていられそう?」
「ああ」と僕は笑う。「きっと、忘れる方が難しいだろうな」
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