再びの青

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「その女の子はどんな顔をしていたんでしょうか?」  話を終えると、玲奈は僕にそう問いかけてきた。 「そうだな」と僕は首を捻る。どう表現するのかを迷ったのではない。言うべきか言わないべきかを迷ったのだ。「ちょうど君みたいな女の子だったな」  その日の勤務を終えた後、家屋の真ん前で僕は田沼を問い詰めることにした。何か、僕に隠していることがあるんじゃないか、と。  昼間の青空は完全に姿を消していて、今僕らを照らしているのは朧げに浮かぶ月と虫が纏わりついている消えかけの街灯だけだった。 「何の話だ?」 「はぐらかさないでください」と僕は少し語気を強めて言う。「ただの幼い女の子の記憶が、借金を返す糧になるとは思えないって話ですよ」  僕がそう言うと、田沼はやれやれと言いたげにため息をついた。  さあ、答え合わせといこうじゃないか。 「彼女が売っているのは記憶じゃなくて時間なんでしょう?」  その問いかけに彼はこくりと首を縦に振って頷いた。 「お前の言うとおりだ」と田沼は言い、首を捻って退屈な夜空を見上げた。「あの子は毎日、お前と過ごした時間を売ってる。だから、彼女はその寿命と引き換えに歳も取ることはない。借金を返し終わるまで、彼女はずっと子供のままだ」 「どうしてそんな方法を取るんですか? 借金の返し方はほかにいくらでもあるでしょう?」  玲奈の時間が毎日巻き戻されているのであれば、それを選択しているのは彼女はではない。おそらく、債務整理をしている田沼自身が彼女にその選択を強制されているのだろう。  なぜそんな強引な方法を取るのか、そんな疑問は彼が放った言葉ですぐに解消された。 「それは例えば、二十一を過ぎるまで何の青春も送らずに働き続けてることか?」  僕は何も言い返すことができなかった。その人生の空虚さを誰よりも自分自身が知っていたからだ。 「彼女はまだ青い。その青さを損なわせることなくこれからの人生を送らせる方法を、俺はこれしか思いつかなかったんだ」  生憎、彼が見上げていた空は黒く濁っていて星粒の一つも浮かんでいなかった。知らないうちに雨雲がこちらに近づいてきていたようだ。 「さあ」と言いながら、田沼は目線を下げてこちらを向いた。街灯にぼんやりと照らされた彼の目にはかすかに涙が滲んでいる。「それを聞いたところで、お前はどうするつもりなんだ?」  彼の視線はこちらに挑戦を仕掛けてきているようにも、助けを求めてきているようにも見えた。  なんだそんなことか、僕は口元に笑みを浮かべる。 「一つだけ、考えがあります」
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