再びの青

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 後日、僕は今一度玲奈が住む家屋を訪れた。  本当ならもう訪れる必要がない場所だった。田沼が僕をバイトとして雇っていたのは玲奈と僕が借金に溺れていたからであって、そのどちらもがなくなった今、この家に居座っていても給料は一円たりとも稼ぐことはできない。  それでも僕がここを訪れたのはもう一度彼女の会いたかったからに他ならない。  僕は姿で初めて、重く大きな玄関の引き戸を開いた。  都市の片隅にある寂れたそのビルの三階には、奇妙な施設があった。  色を失ったようなその施設で、僕は今度は自分が過ごしてきた十年分の時間を売った。 「記憶は残されますか?」という店員の質問に、僕は「はい」と頷いた。多少の手数料はかかったが、それでも記憶を残しておかなければならない理由があった。  若返ったその身体で僕は真っ先に田沼に会いに行った。彼は小さくなった僕の身体を見るととても驚いたような顔をしていたが、お金がたんまり入った銀行の通帳を見せると納得してくれたようだった。 「使い道は?」と田沼は訊いてきた。 「言わなくてもわかっているだろ?」と僕は返した。「空っぽの人生で自分と彼女の借金を返せるのなら、僕は喜んで時間を売りますよ」  風化して痛み切った家屋の廊下を、僕は何となく横向きに歩いた。木目と垂直に歩いていけば、自分だけは過ぎ去っていく時間に逆らって動いているように思えた。きっと、勘違いではなかっただろう。  建付けの悪いその襖は以前よりも歳をとっているように見えた。  全身を使って襖を思い切り開ける。  縁側にその少女は一人腰かけていた。  彼女が振り返り、視線が交差する。  少女は驚いたような顔した。 「やあ、また会ったね」と僕は言った。
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