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27
「あの、どこへ行くんですか?」
木村の車に乗りこんだ二人は、どこへ行くという訳でもなく、国道をまっすぐ走っていた。
「ん? 適当に走ってるだけだから、行きたいところがあれば言って」
そういう木村は、英が話すのを待っているのか、必要以上に話しかけてこない。比較的交通量の少ない国道を、すいすいと進んで行って、時々木村の気まぐれで曲がるようだ。
「……なんだか、やる気がしないんです」
ぽつりと呟いた言葉は覇気がなく、自分でも情けないと思った。
「うん……そんなところだろうと思ったよ。君はずっと、月成作品に出たいって思って頑張ってきたんだからね」
数えきれないほどの役者を見てきた木村にはお見通しだったようだ。
月成作品に出るためにがむしゃらになって、やっとその夢を掴んだ。しかし、英には幸か不幸か、いきなり主役の座を獲ってしまったものだから、今後の目標を見失ってしまったのだ。
しかもその後の月成の勝手な仕事の斡旋があり、目標を考える時間も与えられず、ぽい、とベテラン役者の中に放り込まれた。そこで初めて自分の本当の実力を知り、打ちのめされたところだろう、と木村は分析す
る。
「でも君は、自分の力量をきちんと知っているはずだ。だから日頃から努力は惜しまないし、先輩の技術も盗もうといつも真剣に取り組んでいる。他に何か原因があるはずだよ」
「……」
他にとは何だ、と英は考える。すぐに答えは浮かんだが、それを口に出してしまうと、本当のことになってしまいそうで、言いたくない。
隣で、木村が苦笑する。
「きっと、君はいま、いろんなことを考えてるんだろうね。一つずつでいいから、言ってごらん」
「……恋をしているオカマの英の気持ちが、分からないんです」
「うん……」
木村は先を促す。
英は、恋愛というものがいまいちよく分かっていないこと、それを月成に見透かされてこの配役にされたこと、見返してやりたくても、どうしても役に入れないことを告げた。
「それに……」
言いかけて、英はやめる。これを言ってしまったら、月成の立場も危うくなるかもしれないと考えたからだ。
「英くん、こうなったら全部、言いなさい」
何となく木村の声が強張っている。それもそうだ、英に一度振られている木村にしてみれば、こういった話はしたくないだろう。本当に甘えてるな、と英は思う。
「監督について、よくない噂を聞いて……」
「噂?」
「その、じょ、女性関係に関しては、かなりだらしないと……」
タイミングよく信号で止まった車の中で、木村はハンドルに突っ伏した。
「女性だけじゃないんだけどね……」
「はぁ、何となく、それは……」
やはり木村がもみ消して云々は、間違っていないようだ。
「だいぶ落ち着いたけど。……そうか、それを聞いたら、ちょっと引いてしまうね」
落ち着いてアレですか、と心の中で突っ込んだが、自分もその中の一人にされたことは言うつもりはない。
再び走り出した車に、木村は気を取り直すように明るい声を出した。
「でも、本当に好きな子にはなかなか手を出せないんだ、光洋」
「……え?」
木村の一言で、英は自分の顔が強張るのが分かった。それは声にも表れていたらしく、木村も「え?」と聞き返してくる。
「英くん、今の反応はどういう……」
「あ、すごい意外だなーって。でも、そんなことしてたら本命には信じてもらえませんよね」
英は慌ててごまかすが、木村はごまかされてくれなかった。
「もしかして、あのバカは君にも手を出したのかい? だから今回はオーディション受けずに……」
月成作品以外に出ようとしていたのか、という木村の言葉は、言わなくても分かった。しかし、今回英をごり押ししたのは月成だ。その辺りの事情を知っている木村なら、すぐに察しがついてしまうだろう。
「……本当にバカだ」
手を出した挙句にこの配役。仕事とはいえ、それではやりたくもないだろう、と木村は理解してくれたらしい。
「私から光洋にはきつく言っておく。だから英くんは、よく考えて。出した答えがどうであれ、私は君の味方に付くことを約束しよう」
事務的に告げた木村も、相当つらいのだと思わされた。それもそうだ、好きな人が襲われて、それで悩んでいると知ったら冷静でいることは難しい。
「同意ならともかく、その様子じゃ、違うんだろう?」
「……はい」
英は消え入りそうな声で返事をした。
「……ごめん英くん。私はこれ以上冷静でいられる自信がない。寮に戻るが、いいね?」
珍しくイライラとした口調で告げられ、英はそれにも小さな返事をした。
◇◇
「おお、遅いお帰りで」
気まずいまま木村に寮まで送ってもらった後、入口で待ち構えていたのは月成だった。ぎくりとして数メートル先で足を止めるが、月成の視線はすぐそこにあるかのように鋭い。
「何ですか、待ち伏せまでして」
「雅樹に抱いてもらって甘やかしてもらったか?」
「な……っ」
とんでもない月成の発言に、英の血液が一気に沸騰したかと思った。殴らなかっただけ、自分を褒めてやりたいほどだ。
「社長はそんなことしません。あなたと違って」
「ふん、どうだか」
月成はゆっくりと英の側に来る。英は正直逃げたかったが、負けたくなかったので、その場に踏みとどまった。
「お前が帰ってくるまでの時間が長かったおかげで良いこと思いついた。覚悟しておけ」
夜でも光っている月成の瞳は、夜行性の猛獣のようで、獲物を捉えた喜びが見えるようだ。彼はそのまま寮の門を出ていくと、英は呪縛が解かれたようにその場に座り込んだ。
完全に射すくめられ、動けなかった英の負けだ。
「ちくしょう……」
小さくつぶやいた声は、夜の空気に溶けてなくなった。
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