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14
すっかり時間を忘れてしまった、と反省して稽古場から返ると、寮の隣の一軒家の前に、一台のタクシーが止まっていた。
「ちょっと光洋さん? 飲み過ぎたんじゃなーい?」
その声を聞いて、英は反射的に隠れる。壁の陰から覗いてみると、やはり酔っているらしい月成と、ここまで送ってきたらしい小井出がいた。
タクシーは待つことなくすぐにそこから走りだし、小井出はもう乗らないことを示している。
二人は肩を抱き合ったまま家の中に入ろうとせず、その場で立ったままだ。
「なーんかヤな事でもあったの? 僕で良ければもう一度付き合うよ?」
何だか意味ありげな小井出の言葉に、英はドキリとする。
「あ? もう遅いから帰れ」
「もう一回、キスしてくれたらね」
(キス?)
まさかと思って目を凝らした。すると二人の唇がちょうど重なったところで、英は目が離せなくなる。
月成の普段横柄な言葉しか出ない唇が、小井出のふっくらとしたそれをついばんだ。そしてすぐに離れたかと思ったら、ちろりと月成の舌が覗く。
「……っ」
何故か英がキスをされている錯覚に陥り、背筋がゾクリと震える。目の前で繰り広げられる濃厚なキスに、英は指一本動かせなくなった。
「……っ、んん」
小井出が甘い吐息のような声を上げると、キスは終わる。しかし、さらなる小井出のセリフに、これは現実か、と疑いたくなった。
「ねぇ、光洋さんのウチ、泊まっていい? もう一回、今度は違う場所にキスしてよ」
さすが小井出は自分を知り尽くしているらしい。上目使いも甘えた声も、不自然なところなどなく、誘っている。その唇に、月成はもう一度キスをした。
「…………一回だけだぞ」
ふらふらと自宅に入っていく月成に、小井出は嬉しそうに付いて行く。
呆然と立ち尽くした英は、ハッと現実に戻った。
「な、んだよ、あれ……」
小井出があれで主役を勝ち取ったのだとしたら、それを容認した月成も許せない。英は、あんな人間に負けたのか。
英は引き返し、稽古場に戻る。隣の家でそういうことをしてるんだと想像しただけで、寮に戻る気がしなかった。その代わり、ここで一晩明かし、朝練でもしようと考え、稽古場のソファーで休む。
枕営業だなんて、考えたくもなかった。それだったら、二人は付き合っていると言われた方が、まだマシだ。
そういえば、月成光洋には女性関係の噂がない。あれだけの容姿と体と名声で、引く手あまただろうに、と考えると、噂がないのはどうも不自然だ。
(本当に噂になるようなことがないのか、社長がもみ消してるのか……)
多分後者だろうな、と英はため息をつくと、疲れていた体はすぐに眠りに落ちた。
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