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 それから十日後、いよいよ月成作品の初公演となった。  彼の作品は他のAカンパニー作品と違って、公演期間が七月と八月の二ヶ月間と短い。集客数が上がる夏休みとはいえ、他の作品が半年から一年かけて集める客数を、彼の作品は二ヶ月で集められるからだ。  Aカンパニーが所有する専用の会場で、英たちは毎日公演を行う。 「いいか、怪我だけには気を付けろ。後は思い切ってやれ。以上」  月成の言葉に全員元気よく返事をし、それぞれ配置につく。 「蒲公さん、お水はこの辺に固めて置いてくださいね」  スタッフが机を用意し、小物や飲み物をまとめて置いておく。すると、小井出も水をその机に置いた。同じペットボトルなので、すぐに誰のものか分かるように、名前が書いてある。小井出の字は丸くて可愛い。 「はい。あ、小井出さん、よろしくお願いします」 「……」  あれから英は、小井出に話しかけてはいるが、ずっと無視され続けている。取り巻きも諦めたのか大人しいが、ちらりとも合わない視線に、若干不安を覚える。  しかしもう後はやりきるしかない。  そうこうしているうちに開演の本ベルが鳴った。英はすぐに意識を切り替え、鷲野として舞台へ出ていく。  しかし、やはり神様は英を、すんなりと成功への道へ行かせてはくれなかった。  舞台の途中で、英はスイッチが勝手に切れたことに気付く。今まで何回も通して、途中で集中力が切れたことなどなかったのに、大量の汗で思わず顔を拭う。 (何か、暑い……)  舞台の上は光の嵐だ。スポットを浴びるとなればさらに熱量は増すが、そればかりではない異常な暑さに、英は困惑する。しかも呼吸が浅くなって、しっかりと息を吸えなくなっていた。  観客も英の変化に気付いたのだろう、少しざわついたが英は気力で持ち直し、演技を続ける。  月成は客席にいるはずだ。彼も気付かないはずがない。 (くそ、何でこんな……)  大事な初演でこんなことになってしまったのか。悔やんでもしょうがないので、今この公演を乗り切ることだけを考える。  体の中から噴き出るような熱さは、どんどんひどくなり、英の意識を遠ざけようとする。共演者も、観客には見えないところで気遣ってくれた。 「英っ、ふらふらしてるけど大丈夫か?」 「はい……すいません、最後までもたせますから」  舞台袖で水井に声を掛けられ、情けない、と英は悔しくなる。完全に集中力が切れてしまっていて、取り繕うのもかなり難しくなっている。これでは、倒れるのも時間の問題だ。 (この公演だけでいいから。もってくれよ、オレの体)  汗で失った水分を補うために、自分のペットボトルから水をがぶ飲みする。すぐに舞台上に出て、演技を始めると、客席の月成がこちらを見ていた。 (監督、ごめんなさい……)  せっかくの初公演をこんなことにしてしまって。心で謝りながら、英は最後まで踏ん張る。やっとの思いで終演を迎えると、カーテンコールでは支えられながら歩くのがやっとだった。 「英、もうちょっとだから頑張れ」  笹井に隣でささやかれ、精一杯のお辞儀をする。観客も同情してくれたのか、何とか拍手をくれたが、英は申し訳なくて頭が上げられなかった。  その意思を汲んでか、キャストも全員頭を下げたまま緞帳(どんちょう)が降りる。 (……終わった)  緞帳が完全に降り、ホッとしたのをきっかけに英の中の糸が切れ、同時に意識も手放したのだった。
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