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月成作品に出演して生活が変わったのは、英だけではない。笹井は端役だがドラマのレギュラー役をもらい、それがまた好評だったのでシリーズ化することが決定したし、小井出は可愛い顔がうけてバラエティーやトーク番組に出演するようになった。
元々小井出はテレビ出演を希望していたようで、演技力も買われ主役でのドラマ撮影が決定している。
小井出がテレビに出演するようになってから、彼の態度はすこぶる良くなった。知名度が上がりちやほやされるようになって、親からのプレッシャーからも解放されたからだろう。
しかし比べて英は、今の月成作品で釣れた仕事以外に、次への足掛かりとなる仕事がなかった。今こうやってちやほやされているうちは良いが、それだといつか終わってしまう。オファーはきているものの、テレビ番組ばかりで、舞台の仕事は一件もない。
(やっぱり、オレの演技力もたかが知れてるな……)
そう思ったら、月成があれだけ英を主人公にするのを渋っていたのも分かる気がする。
英は雑誌の取材を終えた後、何となく事務所へ寄ることにした。少し体を動かして、次の舞台オーディションに備えたい。
(そういえば、タイミング的に冬公演のオーディションがあるな。受けてみるか)
来年一月から半年間の公演があったことを思い出し、詳細を見に行こうと事務所の入り口まで来た時だった。
「光洋は英くんのマネージャーではない。勝手に彼の仕事を決めないでくれ」
いつになく木村の厳しい声が聞こえ、英は思わずドアの外で立ち止まる。
「だがたんぽぽにはマネージャーがいねぇんだろ? 仕事の調整は誰がしてるんだ」
「それはスタッフと私が相談してやっている。光洋が口を出すところではない」
どうやら英の仕事について月成と言い合っているようだ。しかも、月成が勝手に英の仕事を決めていたらしい。
「私も騙されたよ。英くんのこの先の仕事、しっかり根回しして止めていたのは光洋だって」
(……え?)
確かに一か月ほど先の仕事はほとんどない。それが、全部月成のせいだったというのか。
「それがどうした。中途半端な演技が全国ネットに流れるんだ、止めてやった方がみんなのためになるだろ」
月成のそのセリフを聞いて、思わずカッとなってドアを開けた。ドアの側で言い合っていた二人は驚いた様子で英を見る。
(やっぱりここでも邪魔すんのかよ)
英は月成を睨んだ。演技に関しては決して英を認めない月成だが、ただの嫌がらせにしか思えなくなってきたのだ。
「英くん、もしかして今の……」
木村が気まずそうに話しかけてきたが、それどころではなかった。
「どういうことですか。あんた、そんなことして楽しいですか」
「英くん……」
木村が慌てたように肩を叩くが、英はそれを振り払う。
「気に入らないなら陰でこそこそ邪魔しないで、直接言ったらいいじゃないですか」
英は思い切り嫌味を込めて言ったが、月成はまるでこたえた様子もなく、ピクリとも表情を動かさない。
「……社長、ちょっとこいつ借りるぞ」
「え? ちょ……っ」
月成にそのまま腕を引っ張られ、英はどこかへ連れて行かれる。助けを求めようと木村を見たが、彼は複雑な表情をしながら、見送るだけだった。
そして連れて来られたのは美術倉庫。小さな工場のような家屋をしていて、広さもバスケットコートほどだ。
月成が持っていた鍵でドアを開けると、中に入るように言われる。中は気温が高く、埃と湿気の臭いが充満していた。
「あ……」
しかし、その嫌な臭いも忘れる光景があった。倉庫の一角に、『光陰』のセットらしきものが置いてあったのだ。
月成は、これを英に見せて何がしたいのだろうか。
「こっち来い」
腕を放した月成は、英を奥へと誘導する。言われるまま付いて行く。すると一際豪華なセットの一部が置いてあった。
(これ……『美女や野獣』の……)
解体されてはいるが、英はすぐに分かった。映像化されておらず、英の記憶だけに刻まれた形が、今目の前にある。
豪華な洋館の屋敷の中を表したそれは、タイトルの遊び心とも繋がって、シャンデリアがぶら下がるダンスフロアだ。月成はそこに住む大金持ちの貴族役だった。それを、十人の女性が水面下で奥方の座を狙うという、コメディタッチの舞台。
しかし月成の役は、本当は貴族などではなく、工事現場で働く貧乏人で、それでも一緒にいてくれる人を探すために、洋館の本当の持ち主に頼んだ、という海外の実話を元に描かれている。
英が初めて舞台に興味を持ったきっかけがすぐそこにあり、英は声も出なかった。やはり月成の意図も見えず、英は月成に尋ねる。
「ここへ連れてきて、監督は何がしたいんですか?」
すると、月成はいつになく真面目な顔で英の顎を掴む。
「今からオーディションをする」
「え?」
嫌な予感がした。しかし、英が逃げる前に、月成は唇を重ねてしまう。
「ん……っ」
逃げようと後ろに下がると、セットにぶつかった。憧れの舞台のセットを傷つけてはいけないと思い、踏みとどまる。
しかし、そんな英を無視し、月成は何度も英の唇を吸い上げ、軽く歯を立ててくる。
「いや、だっ」
オーディションと言いながら、これではセクハラじゃないか。
抵抗するが、後ろのセットに押し付けられ、ガタン、と木材が揺れる音がした。
「静かにしねぇと、誰か来たら見つかるぞ」
「……っ」
英は月成を睨んだ。完全に脅しだ。
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