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 二時間後、英が言われた通り待ち合わせ場所に行くと、すでに月成の姿がそこにあった。 「お疲れ様です」 「……おう」  出入り口の階段に座っていた月成は、ノートとペンを片手に、何かを書いているようだ。暗くなった空ではそれが何か分からなかったが、多分台本だろう。  月成はそれきり黙ってしまい、さらさらとペンを走らせる音が響く。 (すごい……早い)  止まることなくペンを走らせる月成は、一体どれほどのスピードで脚本を書き上げるのだろう、時折手が痛むのか、手首を振りながら書く姿は、普段の傍若無人な彼からは想像できないほど神経質だ。 「突っ立ってないで、座れ」  ノートから視線をずらさないまま、月成は英に声を掛けた。逆らうと怖いのでその場に腰を下ろすと、「違う」と不機嫌な声で言われる。 「こっち。隣来い」  何でまた、と英は思った。しかし、それが顔に出ていたのか、早くしろとでも言うように睨まれてしまう。  仕方なしに隣に行って座ると、月成はまたペンを走らせることに集中したようだ。その様子を、英は横目で盗み見る。すると、出入口の背中からの光でノートにはびっしりと文字が埋められているのが分かった。 「それ、オレが見ても良いものですか」 「ダメなら隣に座らせねぇよ」  会話をしても止まることがない月成の手は、一体どんな物語と書いているのだろう。広い大きな手から、繊細な物語が紡がれていく瞬間を、見られるのはすごいことだ。 (あ、意外に指は太いんだ……)  覗き込むと、どうやら設定を書いていたらしい。キャラクターや、舞台背景、大まかなストーリーが走り書きされていて、それだけでも英は深く興味を持ってしまう。しかし、それ以上に月成の指先が丸くて、しかもきっちり爪が切られていることに笑えてしまった。 「……何笑ってんだ」 「あ、いえ……」  我に返ると、月成が手を止めて至近距離で顔を覗いているのに気付く。思わず顎を引くと彼は興味が失せたとでもいうようにため息をついて離れた。 「あら、光洋」  暗がりから声を掛けられ見ると、そこには昼間一緒に稽古した高島瑠璃がいた。長い髪を結いあげ、稽古場で見たTシャツにパンツではなく、フェミニンな服装をしている。 「……瑠璃」  月成はノートを閉じて鞄にしまう。そして立ち上がり彼女の元へと行ってしまった。 「こんな所でどうしたの? また社長に呼び出し食らったとか?」 「……お前もあの時の会話聞いてただろうが」 「そうね。食べに行くなら私も付いて行っていい?」  ちょうど入口の明かりが届かなくなる位置で、二人は楽しそうに会話を始めてしまう。 残された英は何となく居心地が悪い。 (早く社長来ないかなぁ)  そう思って立ち上がり、入口を振り返ってみるが、人が来る気配はない。  そう意識することでもないと思いつつも、二人が以前付き合っていたということもあって、彼らが一緒にいると、妙に気を使ってしまう。  今のこの雰囲気を見る限り、良い別れ方をしたみたいだし、よりを戻すかもという噂は、あながち間違いではないのかもしれない。 「あの、高島さん、監督も、明るいところへどうぞ」  月成はともかく女性を暗がりに居座らせるのは気が引ける。それもそうね、と瑠璃がうなずいて月成の腕を叩いた。 「英くんの方がよっぽど気が利くじゃない。ホントあなたって昔から気が利かない上にデリカシーがないんだから」 「……うるせぇよ」  二人は英のそばまでやってくる。月成は照れているとも怒っているともつかない表情で頭をがしがしと掻いた。 「やぁ、遅くなってすまない」  そこへ、タイミングよく木村がやってきた。いつものように微笑みを浮かべて、高島がいることに気付く。 「高島さんもいたんだね。一緒に行くかい?」 「ちょ、社長」  何故か月成が慌てたように何かを言いかけたが、にっこり微笑んだ木村に逆らう気はなかったのだろう、すぐに引きさがった。 「決まり。じゃ、私の車で行くよ」  おいで、と木村は英の肩を抱き、歩き始める。 「英くん、何食べたい?」 「あ、えっと……」  英は肩に置かれた木村の手を見た。先日告白されてから木村とこういった接触はなかったが、意識してしまい緊張する。 (しかも監督の前で)  そう思いかけて英はすぐにそれを打ち消した。だから何だというのだ、月成じゃなくても、こういった親密な関係を匂わせる接触は見られたくない。 「社長、俺は寿司がいい」  後ろから高島と付いてきた月成は遠慮もなしに言う。  木村はそれを気にした風もなく、「寿司か。良いね」とうなずいた。  表面上は穏やかだが、月成と木村は英の仕事を巡って口論して以来、静かに火花を飛ばしているように見えるのは英だけだろうか。 (うう、胃が痛い)  せっかく美味しいものが食べられるのに、大丈夫かな、と英は現実逃避した。
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