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30
しっかりリラックスして入ってこいと言われた英は、言葉に甘えてたっぷり時間をかけて体を温めた。しかし、その間リラックスするどころか、そわそわと落ち着かず、待たせてはいけないと思い始めたところで風呂から出る。
脱衣所には月成のTシャツとジャージがあり、これを着ろということか、と素直に袖を通した。
(あ、やっぱり大きい)
月成は背が高いだけではなく筋肉もしっかり付いている。でなければあの華麗なダンスは踊れないだろう。
そこで英は月成の体を想像していることに気付いた。
慌てて打ち消すと、月成が待っている寝室へ向かう。
彼の寝室は二階だ。本が積まれている階段を慎重に上がり、最初のドアをノックする。
「おう、入れ」
中からは機嫌がよさそうな声が聞こえて、英はホッとしながら中へと入る。
(う……)
中は薄暗く、ダブルベッドがあるだけのシンプルな部屋だった。寝室なのだから寝るための部屋なのだろうが、汚い廊下とは違い、ここも綺麗にされているので、ホテルに来たような雰囲気だ。
「おい、しっかりリラックスしてこいって言っただろうが」
月成が呆れ声で近づいてくる。
「む、無理です……」
どうも英は、色恋が絡むと途端に弱くなるらしい。その様子にため息をついた月成は、英の額に軽くキスをした。
「う、うわ……っ」
驚いて体を縮こまらせると、月成は「さっきはいい感じに力抜けてたのに」と笑う。
「そんなに硬くなってたら、気持ちいいもんも気持ちよくならねぇぞ?」
「……監督は自信満々で余裕ですね」
ちょっとだけ恨めしく思って月成を上目づかいに睨むと、彼はいつもの口の端だけで笑う表情を見せた。
(そういえばこの人、いろんな人とこういうことしてたんだっけ)
それなら当然、いろんな経験をしているだろう。しかし、それが何だか悲しくなってくる。
「あ? 何考えてる」
「いえ……」
言ってはいけないと思いつつ、少しくらい、と「慣れてるんですね」と言うと、「バカ言え」と頭を撫でられた。
「こんなに優遇したことねぇよ。大体、俺がどんなセックスしてるか、お前前回味わっただろ」
何の問題がある、とでも言いそうな月成の口調は軽い。
英は顔を顰めた。
前回と言えば英が気持ちを自覚する前の話だ。強引で、自分勝手な行為は力関係を強調するものだった。
「言っておくが俺から行ったことはないぞ。向こうが襲ってくるんだ、役をくださいってな」
「……サイテーだ」
不意に小井出を思い出し、あの人もそうだったのか、と嫌な気分になる。
「ああ最低だ。ただの処理でしかない。だがな、英」
いきなり名前で呼ばれて、英は心拍数が上がるのが分かった。月成は英の頬を両手で包むと、額をくっつける。いつも獣のように光っている瞳が、今日は心なしか柔らかい。
「そんなセックスしても虚しいだけだ。演技のためとはいえ、こんな経験は……お前はしなくていい」
そう言う月成の声に、少し愁いが混ざっているのを知って、英は気付く。
この人もトップスターだ。あらゆる表現を身に付けようと、がむしゃらになった時代もあったはず。
その中で、今言った虚しい経験もしてきたのだろう。
気付けば俳優を引退していて、大物脚本家を見返すために山ほどの本を読んで。
英の憧れていた月成光洋は、本の数が表す通り、天才ではなく、努力の人なのだ。だから英は惹かれた。
「ま、俺もいい年なんで、余裕というか、がっつく年頃でもねぇしな」
ふと、月成の瞳から愁いが消える。きっと、これは自分にしか見せないのだろうと思うと、嬉しかった。
「そういえば、誕生日同じ日でしたっけ」
「まさか一回りもガキのお前に、なぁ」
そう言いながら、また軽くキスをしてくる。英は、ぎこちないながらも月成の背中に腕を回した。
広くてしっかりとした筋肉が付いていると分かる背中に、ドキドキしてしまう。
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