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番外編 [完]
毎年、今年こそはと思っているものの、ここ数年実行できていないことがある。そして今年もまた、年始早々にしてその目標が果たせなくなり、蒲公英はふて寝をしていた。
「監督のバカ、アホ、スケベおやじ」
布団を頭から被ってぼそぼそと呪いの言葉を吐く。
去年の秋頃に恋人となったAカンパニー専属の脚本兼演出家の月成光洋は、今はこの部屋にいない。
(今年こそはお墓参りに行こうと思ってたのに……っ)
ありがたいことに役者として名を知られるようになり、大みそかと元日はカウントダウンイベントの仕事だった。
二日が休みで三日がAカンパニーの初稽古と称した飲み会で、行くなら二日だと決めていたのだ。
しかし徹夜の仕事明けのふらふらしている英を、わざわざ仕事場まで迎えに来て拉致し、月成の家に連れ込み、ベッドへと押し倒したスケベおやじは、そんな英の予定を無視し、一晩中、散々可愛がってくれたのだ。
(あああああ、年始から何やってんだろ、オレ)
自己嫌悪で体のだるさがひどくなり、布団の中で縮こまる。しかもその体の不調も、どこか甘くうずくものを残しているから厄介なのだ。
「おいたんぽぽ、起きてんだろ? 朝飯食うぞ」
「……」
昨晩あれだけ暴れまくったのに、けろりとしている月成はシャワーを浴びていたらしい、長めの髪をガシガシと拭きながら部屋に入ってきた。それが何となくムカついて、ぎろりと睨んでやる。
「あ? 何だその顔は」
「オレ、今日は用事があるって言いましたよね」
「おう、言ったな。出かけるか? 起き上れるものならな」
しかし英の力いっぱいの睨みをきかせても、月成はものともせずにやりと笑った。
確信犯でこういうことをするのが信じられず、ますます頭にくる。
「アンタ最低だっ!」
思わず英は怒鳴ると、彼は何がおかしいのか笑い出す。
さすが売れっ子脚本家、笑いのツボも他の人とは違うらしい。
英が怒れば怒るほど、この歪んだ性格の男は楽しそうに笑うのだ。
すると、ベッドに腰掛けた月成は、英の頭を梳いた。
「っとに、お前はおもしれぇなぁ」
英はその手を叩き落とす。
「オレは面白くありません」
「可愛くねぇ」
「可愛くなくて結構……っ、んっ」
いつものように始まった言葉の応酬を、月成の厚めの唇が止めた。優しく舌で撫でられ、だるいばかりではなかった体がすぐんと痛む。
「ん……ふ……」
優しいけれど煽るようなキスに素直に反応してしまった英は、目の前の野性的な顔がまたニヤリと笑ったのが見えて顔を赤くした。
「名前。呼んだら続きしてやる、英」
「……っ」
いつもはたんぽぽ呼ばわりのくせに、こういう時だけ元役者の技を使って落としにかかるのはずるい。
かといって、すでに兆してしまった体は治めるのに時間がかかりそうだ。
どうしようか決めかねていると、月成は待ちきれないように額にキスをした。
「次の休みはいつだ? その時に連れてってやる、墓参り」
英は驚いた。用事としか言っていないのに、今日の目的を彼は知っていたのだ。
「違ったか? どう見てもお前、親と仲良いように見えねぇからよ、帰省じゃねぇだろうとは思ったが」
「いや、違わない、です、けど……」
やっぱり敵わないなぁ、と英は思った。元役者で現脚本家は、人を観察する目が優れている。
本当に嫌なことも、してほしいことも、全部ジャストの加減でするからすごいのだ。そうして人の心を掴み、動かしていく。
演技でも、脚本でも。
英は上にいる月成の首に腕を回した。自分から引き寄せ、素直に従った月成の唇にそっとキスをする。
すると、月成はまた笑い出した。英は自分がしたことが恥ずかしくて、顔を逸らす。
「ほんっと、お前……っ」
「笑いすぎですよっ」
何なんですか、と胸を叩くと、「ホント、素直じゃねぇなぁ」と返ってきた。
視線や顔は、月成のことが大好きだと言っているのに、自分で自覚がないところが面白いらしい。
自惚れるな、と怒鳴りつけてやると、その表情も良い、とどうしようもない言葉が返ってきた。
「嘘じゃねぇよ、その怒った顔をどうやって泣き顔にしてやろうか、と思うとゾクゾクする」
「こんの……っ、変態!」
「はははは! 俺がSだって知ってるだろ」
そう言って高らかにサド宣言した月成は、その後有言実行で、英を散々泣かせたのだった。
[完]
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