鯨と一等星

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深い悲しみと慈しみを湛えた深海で一頭の鯨は唄う 光も射さない全ての時が止まったような そんな深海に似た部屋で独り記憶と孤独とだけ寄り添う男に唄う 彼は鯨であり、鯨は彼であった 潮の満ち干き 深い青 寄せては返す愛しい記憶 そのどれもは彼を救い そして彼を救えなかった 愛とは呪いであり祝福である 愛しい記憶は幸せな呪いでしょうと微笑んだ君の幻は何処か 潤むべき愛に置き去りにされ、記憶の海で独り游ぐ 唯一が唯一であるように貴方は僕の愛で救われただろうか ただただ貴方に向ける愛に正直でいたかった 正直な愛とは酷く深く、溶けてしまえる程に優しくて溺れるように心地好く何よりも痛く鋭い いまだ銛のように、この身に食い込んで消える事のない愛 塞がっては罅割れ、また塞がっては血を滲ませながら罅割れる それは遠い記憶の愛、それは愛と言う名の祝福であり呪い 影だけが鮮明になり膿むことすら出来ない程に生々しい愛 鯨は唄う 孤独に唄う 孤独であり唯一の優しさを そっと そっと 慟哭は囁きになり 囁きは慟哭に成る あぁ 貴方へと向けた愛は正直さ故に貴方を生かした あぁ 貴方へと向けた愛は正直さ故に貴方を殺した 静かな海底で眠りにつく亡骸のように しんしんと埋まらない愛は降り積もる 鯨は彼であり、彼は鯨であった 彼は唄う 鯨は唄う 届くべき相手を喪った愛に彩られた唄を唄う 深い悲しみと慈しみを湛えた深海で一頭の鯨は唄う 光も射さない全ての時が止まったような そんな深海に似た部屋で独り記憶と孤独とだけ寄り添う男に唄う
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