第4章 第1話

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第4章 第1話

 まわってきた書類の内容に、間違いがないかチェックして、その契約に必要な手続きの準備を整える。 修正箇所には内容を分かりやすく細々と書き込んで、上司の最終チェックに回す。 大きな会社の総務で事務なんかやってると「これは一体なんの書類だ?」なんていう、不思議な書類もたまにまわってくるけど、そんなことをいちいち問い合わせていたらまったく業務が進まないから、与えられた仕事は指示に従って淡々と処理していけばいい。 ようするに、雑用係だ。  あのお城のレストランで、おじいちゃんの作品が売られていた。 偽物を本物と偽って販売するのは、詐欺だ。 しかし、自分は本物だと信じていたと言われれば、それを信用して買った人間もバカだったということになる。 勉強不足で判断を間違えたというのなら、悪いのはどっちもどっち。 美術品の鑑定士というものに資格はなく、今日から自分は鑑定士だと自称すれば、誰にでもなれるなんの保証もない世界だ。 もちろん信頼がなければ成り立たないのは当然の話で、間違いを続けていれば、個人商店としてはやっていけない。 美術品の販売に必ずつきまとう真贋の問題は、だから大手のしっかりしたオークションが人気なわけで。 それがある意味、信用保障にもなっているのだ。 「三上さーん。昼から手が空いてるって言ってたよね。急で申し訳ないんだけど、これから議事録係、入れる?」 「はい。いいですよ」  先輩の声に、社内メールで送られてくる、雑に作られた書類のフォントを整えていた顔を上げる。 「ごめんね。急に頼んじゃうけど、申し訳ないです」  先輩は頭をさげながら私に手を合わせた。 「いえ、いいですよ。私別に、議事録係嫌いじゃないんで」  会議室の隅っこに座って、何の意見も求められることなく、ただ会話を記録していくだけの役割だ。 ぼーっとしたまま手だけ動かしていればいいだけの時間は、私にとって息抜きみたいなもの。 時間が長くなるのはタマにキズだけど、最近は要点をまとめてから会議に入ることも多くなったし、こんな楽な仕事は他にない。  作業の効率化とかなんとかで、議事録係なんて仕事に呼ばれることもめっきり少なくなくなってはきたけど、今でもたまに、いくつも部署をまたぐような大きな会議では、そんなこともしている。 座って話を聞きながらキーボードをぱちぱち叩いて、簡潔にまとめた内容を各部署に送信すればお終いだ。  佐山CMOが言っていたように、偽物を本物と偽っていても、買う人がいなければ犯罪として成立しない。 だけど、自分も本物だと思っていたとシラを切り通されれば、どうしようもない。 問題は、販売主に騙して儲けようという意図があったかどうかだ。  美術商の吉永さんは、他の作家さんの作品だと明言してお城の展示室に卸したのに、オーナーが真作と偽って販売させているのか、それとも最初から吉永さんが、それと偽って置いているのか……。  急遽議事録係をすることになった、社内の会議室に入る。 私は部屋の一番隅っこで、持って来たノートパソコンを立ち上げた。  卓己が言っていたように、吉永さん自身も作家だというのなら、基本的には、自分の作品を売っているということになるのだろう。 自分の作品を自分で売って生計を立てているのなら、あの店の作品は全て本物だということだ。 会って話した雰囲気では、本当におじいちゃんと親交があったみたいだし、卓己自身もそのことを知っていた。 作家としての彼の作品は見たことがないけれど、今度どんなものか調べてみようかな。  時間になり、知らない社内の人たちが次々と中に入ってくる。 部屋の照明が落とされ、会議が始まった。 ふと聞き覚えのある声に顔を上げると、エライ人たちの列に、佐山CMOが座っていた。 なんだかちょっと、不思議な気分だ。 あれだけ気さくに話している人なのに、ここでは果てしない距離を感じてしまう。 あの人はエライ人なんだから、当たり前か。 そういえば最近、姿を見ていなかったような気がする。 彼がチラチラとこっちを見ているような気もするけど、議題の内容は国際間取引の状況説明に入った。 私は吉永さんのことは一旦おいて、仕事に集中する。 2時間程で終わる会議の議事録は、慣れてしまえばその場でぱっと済む仕事だから、楽でいい。 「お疲れさまでしたー」  一日の仕事を終え、パソコンの電源を落とそうと指を伸ばす。 帰ろうとしたタイミングで送られてくるメールは、絶対に開いてはいけない。 そんな鉄則を忘れ、うっかり開いてしまった直後で、後悔しながらそのことを思い出すのは、これで何度目だろう。  開封してしまったメールは、開封通知が直後に相手にも送られるので、言い逃れは出来ない。 『本日の議事録に関する仕様変更依頼』という件名詐欺のそのメールは、佐山CMOからの私信だった。 本当に勘弁して欲しい。 いい加減学習しろ自分。 『君が僕の話を聞かないなら、僕も君の話は聞かないと確かに言った。しかしそれを了承した君は僕の話を最終的には聞いていたということだから、ちゃんと僕の話は聞いていたということになるので、特別に教えてあげよう。  あの山の上のレストランの新オーナーは、僕の知り合いで、連絡を取ったら会うことになった。君がちゃんと僕の話を聞くというのなら連れて行ってやってもいいが、もし君にその気がないというのなら、僕にはただ彼と会うだけの時間になるだろう。どうするのかは、君自身の判断にまかせる』  ため息が出る。 なんて回りくどい脅迫状なんだと思いながらも、返事は書く。 『待ち合わせの日時と場所をお願いします』  やっぱりこの人は面倒くさい。
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