第3話

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第3話

 その二階のプライベートルームは、一階の一般客用のレストランとは、比べものにならないくらい豪華な作りの部屋だった。 本物のフランス貴族のお城のように、壁にもじゅうたんみたいな分厚い布が張られ、たくさんの絵が乱雑に飾られている。 棚なんかも明らかにアンティークだし、そこに無造作におかれた調度品も、うっかり触れたら捕まりそうな勢いだ。 「素敵なお部屋ですね」  1階のレストランとは違い、壁の一部はガラス張りになっていた。 山の上のレストランなだけあって、そこから遠くまで街並みが見渡せる。 「三上恭平のお孫さんにそう言っていただけたら、僕もうれしいです」  将也さんは身長が私とほぼ変わらないような人で、同い年という割りには、幼く見えるその頬を赤らめた。 「将也さんは、アンティークや美術品がお好きなのですか?」 「はい! 僕は颯斗さんの、学生時代の後輩なんです。それで、昔っから颯斗さんが絵や陶芸なんかにとても詳しいのに、憧れてまして……」  私は颯斗さんを振り返った。 「それで、今日の連絡をもらった時は、作品だけでなくお孫さんともお知り合いと知り、もう『さすが』って感じですよ!」  笑顔を崩さない私の隣で、その颯斗さんはごほごほと咳払いをした。 「まぁまぁ、そんな話はどうだっていいじゃないか。僕だって彼女と知り合った時は、三上恭平氏の孫だなんて知らなかったんだから」  3人で席につく。 何も置かれていなかったテーブルに、カトラリーが並べられた。 将也さんは、よほど佐山CMOに憧れていたらしい。 ずっと彼の方に向かってだけ、お世辞というか、賞賛の意を並べている。 颯斗さんはどちらかというと、その並び立てられる美辞麗句に困っている感じで、学生時代にはそれほど親しい間柄でもなかったようだ。 将也さんからの一方的な憧れが、強かったみたい。 「それで僕も、最近になって美術品の収集を始めたんです」  彼は白くぷっくりとした、幼げな笑顔で首を傾けた。 「いやぁ、色々と勉強することが多くって、僕はまだまだです。颯斗さんの足元には、到底及びません」 「僕が初めて興味を持ったのは、三上恭平の『白薔薇園の憂鬱』でね」 「あ、それ。よく言ってましたよね」  鹿肉の何とかという料理が一切れ、緑色のソースが線のように掛けられた状態で出てきた。 一口でいける大きさだけど、やっぱり二つに切り分けて食べる方が正解なのかな?  2人はずっとしゃべりっぱなしで、食べ方を参考にしようにも、一向に手を付ける様子がない。 「あの作品に描かれている少女が、僕の初恋の人なんだ」 「あー! そうだったんですね! じゃあ両思いじゃないですかぁ」 「はは。だといいんだけどね」  佐山CMOは一口で鹿肉をいった。 私はためらいがちにフォークを手に取ると、散々迷ったあげく切り分けずに口に入れることにした。 フォークで切ろうとして、上手く出来ずにぐちゃぐちゃにしてしまうよりいいだろうという判断だ。 そろそろ本題に入りたい。 「以前、ここのレストランに颯斗さんと二人でお邪魔したとき、地下の展示室に案内されまして」  若干唐突気味に切り出した私に、彼らの視線が集まる。 「それで、美術品の売買も手がけていらっしゃるのかと」 「えぇ。まぁ、まねごとみたいなものですが」  彼はテレテレしながら言った。 「取り引きのある商店から頼まれたりして、いくつか作品をおいてあります。ご要望があれば、お譲りできるものもあると思いますけど」 「それは、どこから手に入れられたものなんですか?」 「色々です。僕が買い付けるお店は、一つだけではないので。まぁそれなりによさそうなものを、業者任せでまとめて置いてる感じですね」  無邪気な彼は、多分シロ。 彼に作品を売りつける美術商が、真作も贋作もごちゃ混ぜにして買わせている可能性が高まった。 将也さんは、ポンと顔を上げる。 「あぁ。そういえばその地下に、三上恭平の作品も置いてありましたね。絵皿とちいさな木彫りの彫刻作品ですが」 「それはどちらからお取り寄せに?」  おじいちゃんの作品に、木彫りの彫刻というのは見たことがない。 私はにっこりと微笑んだ。 「吉永さんのところです。彼はご自分でも作品を作られていて、作品もいくつか並べてありますよ」  やっぱりな。 私はようやく出てきた、餃子の皮ではない何かに包まれた料理を、一口で飲み込んだ。 「僕は彼の作品も面白いと思っていましてね。そういえば、次のデイリーオークションに、彼自身の作品を出品するそうですよ」  その言葉に、私と佐山CMOの目があった。 「よかったら、一緒に見に行きませんか?」  願ってもないチャンスに、私はとびきりの笑顔を作る。 「あら、それは素敵ですね。そう思いません? ハヤトさん」 「えぇ、いいですね。君がそう言ってくれるなら、こちらから誘う手間も省けそうだ」  ニヤリと笑ったその人に、反論出来ない自分が悔しい。 これじゃまるで、次のデートの約束みたいじゃないか。 「僕もお邪魔しちゃっていいんですか?」 「デートではないので!」  全力で言い切った私に、将也さんはキョトンとした顔を見せる。 ハヤトさんはそれに遠慮なく笑った。 「あはは。照れ屋さんだからね、紗和子さんは」  クッ。 こんな場じゃなかったら、蹴り飛ばしてやったのにと思いながらも、私は真っ赤になった顔で、グラスの水を一気に飲み干した。
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