第7章 第1話

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第7章 第1話

 吉永商会。 有給を使って、また一人ここに来ていた。 秋の日の薄曇りのなか訪ねてきた私は、商談用ソファに通されると、彼自身の作品らしき湯のみに入ったお茶を出される。 「今日はまた、どういったご用件で?」  にこにこ笑って出迎えてくれたこの人は、もう絶対に私がここに来た本当の理由に気づいている。 おじいちゃんの作品を自分の作品として出品したオークション会場に、私もこの人もいた。 「先日のオークションは、大盛況でしたね」 「おかげさまで、とてもうまくいきましたよ」  彼は決して、そのにこやかな笑顔を崩さない。 「出品された作品は、全てご自身で作られたのですか?」 「いいえ。そういうわけでもございません」  彼は白髪まじりの彫りの深い表情に、アーティストとしてだけではなく、商人としての笑みを浮かべた。 「私自信の作品のみならず、応援したいと思った作家さんの作品を、うちの店で扱わせてもらっています。みなさんそれぞれに、苦労がおありですからね」  そう言った彼は、手にした湯飲みでお茶をすすった。 「あなたと一緒にいらしてたのは、佐山商事の息子さんですよね、たしか次男坊の。彼もお好きですからねぇ。よくあちこちの会場にいらっしゃってるのを、お見かけますよ」 「えぇ、そうですよね」  私はここへ来るまでに考えてきた作戦を、もう一度頭の中で復習する。 「あぁ、あなたも彼のように、美術品に興味がおありですか? さすがですね。よかったら、うちで扱っている他の作家の作品もごらんになりませんか? あなたのおメガネにかなうようでしたら、一筆推薦状でも書いていただければ、作品の価値も一段と高まります。どうです? よかったら、箱書きされていかれませんか?」  これ以上、彼のペースに引きずり込まれるわけにはいかない。 私は考えてきた段取りの全てをすっとばして、一枚の写真をテーブルに置いた。 「おや。これは何でしょう?」  アルバムの中からこの日のために探し出したのは、おじいちゃんのアトリエで撮影された一枚の古い写真だ。 そこには笑顔で写るおじいちゃんと、まだ幼い卓己と私の3人が並んでいる。 「可愛らしい写真ですね。ここに映っているのは、もしや安藤卓己くんです?」 「ここを見て下さい」  指差したのは、背景に写るテーブルだ。 「この大皿に、見覚えはありませんか?」  彼は写真を手に取ると、じっとそれをのぞき込む。 「あなたが先日のオークションに、ご自身の作品として出品されていたお皿です。あれは、私の祖父の作品ではありませんか?」  彼は胸ポケットから眼鏡を取り出すと、それをかけた上で改めて写真に見入った。 「これがその証拠です。あなたは私の祖父の作品を、ご自身の作品として出品し、利益をだしました。それはいわゆる、詐欺というやつではないんですか?」  彼は大げさなため息をつくと、写真をテーブルに戻した。 「それで? あなたは何の目的で、ここへいらっしゃったんでしょうか?」 「贋作作りをやめてください。以前ある場所で、祖父の作品だと紹介されたものは、偽物でした。祖父の作ったものではありません。それをどこで購入されたのかと聞いたら、吉永さん。あなたから買い付けたものだとうかがいました」 「ははは」  彼は詰め寄る私を、軽やかに笑う。 「どうしてそんなことをするんですか。あなたも作家の端くれなら、やっていいことと悪いことの区別くらい、つくと思うんですけど!」 「この大皿があなたの祖父の作品だという証拠は、これだけですか?」 「そうですよ。立派な証拠じゃないですか」 「この大皿は、私の作品です」  彼は冷ややかに嘲る。 「以前、あなたがここにいらした時にも、お話したじゃないですか。私はあなたのおじいさん、三上恭平と親交があり、アトリエにお邪魔したこともあったと。その時に話した詳細な内容に、あなたも私が彼と親しかったことを、認めたのではなかったのですか?」  たしかにあの時の話に、ウソは感じられなかった。 「これは、私が彼にプレゼントした作品です。彼に教えてもらいながら制作したものなので、確かに彼の作風と似ているかもしれません。私も彼の作品が大好きでしたからね。尊敬する作家に習いながら作成すれば、その作風が似通ってしまうのは、仕方がないのでは?」  彼は外した眼鏡を、胸ポケットに戻した。 「その私の作品が、ある日売られているのを見かけましてね。しかも三上恭平の作品として。それで慌てて買い戻したわけです。確かにその時には、三上恭平作品として売られていましたねぇ~。彼の作品が大量に出回った時の話です。混乱していましたからね。買い取った美術商が、鑑定を見誤ったのでしょう。それをあなたが勘違いなさるのも、無理もないことですが、残念ですね」 「だけど! だけど……」  返す言葉が見つからない。 写真のおじいちゃんは、にこにこ笑っている。 私の知っているあの皿は、本当にこの人が作ったものだったの? 「お城のレストラン! あそこで売っていた絵皿。あれは間違いなく三上恭平の作品ではありません! あなたが作ったものを、真作と偽って販売したんじゃないんですか?」 「確かに絵皿は売りました。しかし、私が売ったのは単なる『絵皿』であって、彼の作品であるという鑑定書は、つけていませんよ」  激しい怒りに満ちた彼の視線と、視線がぶつかる。 「それでこんな言いがかりをつけられるとは、正直、私も大変不愉快です」  のそりと立ち上がった彼は、厳しく言い放った。 「どうぞ、お帰りください!」
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