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 広場にいたときよりも、雪の降る量が増えてきた。  このままだと明日の朝は積もっていそうだ。  明日の予定を思い出し、一華は雪が積もりませんようにと祈る。  道路の脇を二列で歩き、麗奈は前を歩く翔真に今日の感想を熱く語っていた。  三人は談笑に夢中で、熱く語れる程見ていなかったが、翔真が褒めてほしそうにしていたのを見兼ねて麗奈が必死に口を開いているだけだった。  流星はそんな麗奈を見て苦笑し、一華はにやにやとマフラーから口元を出して笑っていた。 「まあな、最近の俺はシュートを決める確率が高くなってるから、スーパースターみたいなもんだな」 「俺、シュートを決める翔真は今日一回しか見てないんだけどな」 「今日の相手は強敵だったからな!もう一試合やれば四回は決まるぜ」  今日の翔真は活躍する場面がなかったと、一華は記憶している。  流星が煽り、麗奈がフォローし、一華が笑う。  こんな日が、ずっと続けばいいなと思った。  広場から十五分程歩くと、景色は変わり、車の通りが多くなった。  男二人がそれぞれの幼馴染を守るように車道側を歩く。  こういうことがさらっと出来る翔真を見る度、自分がか弱い女扱いされているようで嬉しい。  気づかれないように翔真を盗み見ると、一華を見ることなく前を向いている。  さほど長くはない睫毛が上を向き、手をコートのポケットの中に入れていた。  きっとこれがデートなら、手はポケットの中ではなく、自分の手の中にあるんだろうな。冬だから、手を繋ぐと温かいねと翔真が言って、馬鹿なこと言わないでと言い返す。そんな想像をしながら一華も前を向いた。 「あ、そうだ。明日はお前等予定あんのか?」 「明日?俺は空いてるけど」 「わたしも空いてるよ。もしかして明日もサッカー?」 「おう、今日やったメンバーでもう一回やろうぜって話してさ、暇なら来いよ」  後ろの二人に言う翔真を見て、一華は腹が立った。 「翔真、明日は私と映画見る約束だったじゃん」 「えっ」  目を丸くして一華を見つめる翔真に、もしかして忘れていたのかと一華は翔真を睨みつける。 「もうチケット買ったよ。明日のお昼に映画館行く約束したよね」 「そ、そうだった。えー、俺、明日も行くって約束したのに」  自分と映画館へ行くことよりも友達とサッカーがしたい、というニュアンスの言葉に一華はショックだった。  自分だけが楽しみにしていた。この一週間、どの服を着ようかと悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。  友達とのサッカーを優先されると、胸に棘が刺さったような感じがする。しかも、自分との約束が先だったのに。  サッカーをしたいのか、「友達には断っておくよ」の一言が出ず、「えっとー」と言いにくそうに口をもごもごとさせている。 「チケット買っちゃったなら、わたしと映画館に行く?」  いつの間にか止まった足取りで、本気の喧嘩になりそうだと気づいた麗奈が申し出た。  一華は不貞腐れた顔のまま後ろに視線をやると、気まずそうな二人と目が合った。  麗奈は気にかけて言ってくれたのだろうが、一華は翔真と二人で行きたかった。久しぶりのお出かけで楽しみにしていたのに、麗奈と行っても気は晴れない。  表情が良くならない一華を見て、流星は翔真のコートを指で引っ張る。 「来週末にでも埋め合わせしな。俺も麗奈との約束を忘れたとき、ちゃんと埋め合わせしてるんだから」 「お、おう」  何故か明日は麗奈と映画館へ行き、来週末に翔真が埋め合わせる予定となってしまった。  自分の意見を押し通したかったので、二人のフォローは一華の機嫌を直すことができなかった。  翔真がサッカーを好きなことは昔から知っているし、サッカーをしている翔真は好きだ。  けれど、自分との約束を破ってまでサッカーをして欲しいとは思わない。  未だに機嫌を損ねたままの一華は一歩も動かなかった。 「お、おい一華。機嫌直せって、な?」  機嫌を伺うように、膝を曲げて一華より低い位置から見上げる。  子犬のような上目遣いをされても、一華にとって逆効果だった。  可愛い顔すれば許してもらえると思っているのか。その顔に弱いと知った上でやっているのか。  腹のむかむかが治らない一華は大きなため息を吐いて、一人で歩き出した。  機嫌が戻っていないことを察し、翔真は後を追う。 「ごめんって」 「ついてこないで」 「来週!な?」 「うざいってば」 「一華許してください」 「もう、うるさい!嫌い!」  機嫌をとるような声で隣を歩く翔真に嫌気がさし、両耳を塞いで走る。  視界は、雪でほとんど白だった。  前を向いて走ると、目に雪が入ってくるので俯きながら走る。 「一華!!」  ご機嫌とりの声色から一変し、焦ったような大声は耳を塞いでいても聞こえた。  なんなの、と思って立ち止まり振り返るとすぐ傍に翔真がいた。  翔真の隣から走って移動したはずだったのに、すぐ傍に翔真がいた。  この世の終わりのような、焦ったような、今にも泣きそうな、怒ったような、よく分からない表情ですぐ傍にいた。  腕を引っ張られ、来た道を辿るように放り投げられた。  世界がすべてゆっくりと見えた。  放り投げられた体は宙に浮かび、その間に翔真は大きな黒い物体に当たって吹っ飛んだ。  体が地面にぶつかると、痛みで顔が歪む。  新調したコートは破れ、色が変わる。  手や足、腰など痛みを感じる部分が多かったが、それよりも、自分が先程見た光景は何だったのかと体を起こす。  後ろの方で翔真を呼ぶ流星の声と、殺人現場を見たかのように甲高い声で叫ぶ麗奈の声が聞こえる。  遠くに人だかりが見える。翔真の姿はない。  電柱にぶつかって動かなくなっている黒い車がある。翔真の姿はない。  両足を地に付けて、呆然と立ち尽くす。  何があったか予測をする前に、目の前にある横断歩道から、カッコーと音がし始めた。  途切れることなく鳴き始めたカッコーの音。ふと横断歩道の向こう側を見ると、信号は青だった。
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