第3話 銀行員と老婆

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第3話 銀行員と老婆

「社長、一つだけ聞かせてください。俺は今2回もビンタされました、朝に一発昼過ぎに一発。これは俺の仕事内容の一部でしょうか?もしそうなら契約書の訂正と給料のアップをお願いします」 「いいえ、全部私のせいよ。最初の出勤でいまだに15階にいるつもりなぁんですぅ。本当にごめんなさいね」  この二人一日に何回社長室にくるつもりなんだ、そう思うがBKは決して表情に出さなかった。 「ほら、誤解だったんだよ」 「もうこの際誤解かどうかは重要じゃありません。とにかく俺はトイレに行くたびに殴られてるのでもう排便も排尿もできません、トラウマでもう二度とトイレ行けなくなったんですけど、誰か弁償してくれないんですか?ここ法律事務所ですよね、慰謝料請求は朝飯前ですよね」 「楽人くん、なんでそんな酷いことを言うの?みんな朝飯食べられなくなったわよ。間違いを犯さない人間はいない、まさか私がわざとやったって疑ってるの?」 「もうそれ犯行認めてますよね!」 「BK、楽人くんはすーーんごくお仕事が上手なの。先の下着受け取りの時だって、誰も気づかなかったトラ柄の違いに気づいたんですもの。そんなかわいい部下を褒めるどころか、殴るなんてありえないわ」 「じゃあ、さきのビンタは幻覚かよ!トイレの神様の天罰だって言うのか!?」 「いいわ、私が悪いの。ごめんなさい」  ストレス発散できたおかげか、謝る鷹緒の顔には最高の笑みが浮かべていた。  現状を知らない人間であればきっと彼女の美貌に心を奪われていたのだろう。  もう何でもいいから早く部屋から出てほしいBKは口を開く。 「今回は確かに君が悪いよ、鷹緒ちゃん」 「ええ、私の人柄知ってるんでしょBK。間違いを犯さなければ私は絶対に謝らない、でしょ?」 「もう何でもいいから、今後はちゃんとトイレに入る前に確認してね……楽人くんも今回は僕に免じて許してあげて。二人とも、わかった?」 「はい!(ニコニコ)」 「……はい。(コイツ間違いなく若年性更年期だ!)」 「異議ありッ!」    鷹緒は机を叩きながら立ち上がって高らかに異議を唱える。   前日鏡で何度も練習したキメ顔で法廷を見回す……デジャヴ?気のせいです。 「我々はすべての証言を聞き届けましたが、一つの結論にたどり着いたと思います!……被告人が痴漢行為に及んだなんてありえません」 「それを判断するのは私の仕」 「みなさんご存知のように!」  鷹緒は演説でもするかのように被告人の席に近づく。 「被告人は身長180cm超えで、若くして事業を成功させたことで年収1億はくだらない。顔も性格も完璧な上にユーモアセンスも高い………あれ?これ前にも言ったことがあるような?」 「弁護人の主観が入ってますよ」 「とにかくこんな彼女を作ろうと思えば何十人も作れるような男が、老婆に痴漢なんてするはずがありません!」 「おいおい、俺のことが大好きじゃねぇか〜」  痴漢容疑で逮捕された楽人は興奮した様子で鷹緒に抱きつこうとするが、今度は両手を掴まれてしまう。 「このクソチンピラ!私の夢にまで出張ってくんな!」 『ピピッ…ピピッ…ピピッ…ピピッ…』 「目覚まし時計!?ダメ!私はアンタを殴るまで絶対に目覚めないんだから!」  夢の終わりと共に崩れゆく法廷の中で鷹緒は夢中に楽人を殴り続けた。  可哀想に、よほど疲れていたのでしょうね。 「…………ふわぁ〜〜スッキリ……うん!良い朝ね」  コンコンコン、軽快なノック音を気にせずに答える。 「入っていいよ」 「鷹緒さん、この案件の対応をするようにってBKが…」  楽人は黄色の案件ファイルを鷹緒に渡す。  しかし、鷹緒はそのファイルを開くこともなくすぐさま不機嫌になった。  BK法律事務所において、効率化のために依頼の種類ごとに使うファイルの色を変えてる。  青ファイルは離婚関連の依頼で、赤ファイルは警察からの依頼(主に刑事事件の被告人弁護)で、緑は不動産関連の依頼という風に使い分けをしてる。  数々のファイルの中で鷹緒は黄色のファイルを最も嫌う。 「これさ、痴漢関連の依頼じゃない。私は痴漢・セクハラ・レイプ関連の案件はやらないんだけど……一応聞くけど、これどういう内容?」 「ちゃんと読んでないですけど、あれみたい。なんかのおばちゃんが銀行員に痴漢されたとかなんとか」 「じゃあ、尚更やらないわこんなの」 「俺に言われても…BKがやれって」 「あっそう。わかった、自分で交渉してくるわ」 「………あ、ちょっと!ファイル忘れてるんすけど」  しかし楽人の声は彼女に届かず、仕方ないので楽人はファイルを取って後を追いかけることにした。    今は来客中だからと制止する雅美を振り切って社長室に入室する鷹緒、彼女の辞書には遠慮という単語は存在しない。  海外での留学経験で彼女は意見を述べる重要さを知っているから。 「ねぇ、BK。私昔言ったよね、痴漢関連の案件は絶対やらないって……あれ?ファイルどこ」 「はいどうぞ、持ってきました」 「あら、どうも……BK、この案件よ」 「鷹緒ちゃん、ちょうどいい!今その案件の依頼人と話してる最中だった」  不満タラタラで依頼人のほうに向くと、鷹緒の顔は見る見る内に晴天のような明るい笑顔になった。  それは鷹緒だけでなく、依頼人の反応も同じだった。 「鷹緒ちゃん?」 「有馬(ありま)座助(ざのすけ)先輩!?」  二人は同じ中学校の先輩後輩関係だった。  当時、バスケ部の部長である有馬に初恋をした鷹緒は、ガリ勉で用事もないくせに何回も体育館に通っては有馬を覗いていた。  一度だけ試合の応援をしに行った鷹緒、彼女はそこで初めて有馬に認識されてウィンクをしてもらったことがある。  目の前にいる有馬は当時よりも成長して大人らしい落ち着いた雰囲気を持つが、それ以外の逞ましい肉体とハンサムな顔はほとんど変わることなく、深みを帯びてより魅力的に見える。  美少年がそのままハンサムな漢に成長したのだ。 「ね、鷹緒さん?鷹緒さん!いつまで浸ってんの?」  楽人が鷹緒の視界を手で何度も遮ったおかげで、彼女の意識はやっと学生時代から現在に戻った。 「BK、申し訳ない。この後予定が詰まっていて、また今度お話しさせてくれないか」 「ええ、もちろんです!あとで雅美に予定調整の連絡させますので」 「ああ、よろしく頼む」  有馬が社長室から出た後でも鷹緒はしばらくうっとりしていた。  この女、面喰いの恋愛ザコである。 「B、BK。ビックリしたわ、彼ね私の中学校時代の先輩よ!」 「ならちょうど良かったじゃないか、知り合いなら案件のことも話しやすいでしょ?頼んでいいよね?」 「ええ、もちr」 「いいえ、大問題です!鷹緒さん、痴漢案件はやらないそうです」 「お口にチャック。誰がそんなこと言ったかしら?」 「えぇ〜〜さきアンタが言ってたんだけど!」 「黙りなさい!………アハハ、BK!安心してください、この案件は私が責任持って解決して見せます!任せてくださいね」 「わかった、任せたよ」 「何コイツ……」  鷹緒はその場でファイルの中身をパラパラと確認する、そしてそのまま楽人に指示を出す。  対応の速さは彼女のウリの一つ。  それにしても今回は速すぎるけどね。 「それじゃ、聞き取り調査をします。依頼人の有馬座助と被害者のおばあさんね」 「わかりやした〜男は俺の方が話しやすいと思うので、有馬の聞き取りは俺が」 「いいえ、あなたはおばあさんの方をお願いね。座助センパイは私に任せて」 「ハハハ、ご冗談がお上手いですね!俺は60過ぎのおばあちゃん相手で、アンタは高身長高年収で痴漢疑惑のイケメン銀行員をフォローするんだ…俺ちょっとバカだから言ってる意味がよくわからないですねぇ」 「楽人くん、私たちはお給料もらってお仕事をしてるの。お遊びじゃないのよ…いい?私たちはプロの弁護士。プロの意味わかる?プロフェッショナルよ」 「ハハハハ、もちろんわかりますぅ!俺同性愛者じゃないんだから、何心配してるんですか〜?やっぱ俺が有馬の方やりますよ〜」 「おばあさんのほうに行きなさい、口答えしたら減給します」 「はい」
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